第5話「聖女の偽善と逆襲の準備」

 クラヴィス領の成功は、王都のセシリア・ローレルの耳にも届いていた。彼女はエレオノーラが大人しく辺境で朽ち果てるものと高を括っていたが、予想外の反撃に苛立ちを募らせていた。


「エレオノーラ……あの女、まだ諦めていなかったのね。ですが、聖女である私に逆らって、ただで済むと思っているのかしら?」


 セシリアは、自らの「聖女」という権威を利用し、クラヴィス領を貶める新たな策を講じた。彼女は王都の教会を通じて、「クラヴィス領は呪われた土地であり、そこで収穫された作物は不浄なもの」というデマを流布させ始めたのだ。聖女の言葉は絶大な影響力を持ち、人々の間に急速に不安が広がった。


 その結果、クラヴィス産の作物や加工品の売上は一時的に激減した。バルトのような事情を理解している商人は取引を続けてくれたが、一般の消費者たちは「聖女様が言うのなら……」と買い控えを始めたのだ。農民たちの間にも動揺が広がり、再び暗い影が領地を覆い始めた。


「エレオノーラ様、このままでは……」


 ルカが悲痛な表情で訴える。エレオノーラは唇を噛み締めた。セシリアのやり方は、あまりにも卑劣で悪質だ。しかし、ここで感情的になっては相手の思う壺。


「大丈夫よ、ルカ。私たちは、私たちのやり方で真実を伝えましょう」


 エレオノーラは、バルトとエルネスト辺境伯に協力を仰ぎ、大胆な計画を実行に移す。それは、近隣の有力領主や影響力のある商人たちをクラヴィス領に招き、「農園見学会」を開催するというものだった。


 招待客たちは、最初は半信半疑だった。聖女の言葉に逆らうことへの恐れもあった。しかし、エルネスト辺境伯の推薦と、バルトの巧みな説得により、何人かの領主や商人が視察に訪れることになった。


 エレオノーラは、彼らを領内の畑や工房、市場へ案内し、作物の栽培方法から加工、販売に至るまでの全工程を包み隠さず公開した。農民たちが生き生きと働く姿、清潔に管理された施設、そして何よりも、そこで生産される安全で高品質な作物や製品。


「これが、クラヴィス領の真実の姿です。私たちの作物は、神の恵みと人々の努力によって育まれたもの。決して不浄なものではありません」


 エレオノーラの誠実な説明と、実際に目にした光景は、招待客たちの心を動かした。彼らは、聖女の言葉よりも、自らの目で見た事実を信じることを選んだ。見学会は大成功を収め、「クラヴィス領は呪われた土地」というデマは打ち消され、むしろその透明性と品質の高さが評価され、新たな取引先が増える結果となった。


「聖女の権威も、真実の前では無力だということを証明できたわね」


 エレオノーラは静かに微笑んだ。しかし、彼女の反撃はこれだけでは終わらない。


 その頃、イザベルが王都で密かに情報収集を行い、ついにセシリアの不正に関する決定的な証拠を掴んでいた。セシリアは、聖女として集めた寄付金の一部を横領し、私的に流用していたのだ。その額は決して少なくない。


「エレオノーラ様、ご覧ください! これが証拠の帳簿です!」


 イザベルが興奮気味に報告する。エレオノーラはその帳簿に目を通し、セシリアの偽善に満ちた裏の顔を確信した。すぐにでもこの証拠を公表し、セシリアを失脚させることもできる。しかし、エレオノーラは首を横に振った。


「いいえ、イザベル。まだその時ではありません。この切り札は、最も効果的な時に使うべきです」


 エレオノーラは、セシリアの不正の証拠を一旦保留し、さらなる戦略を練り始めた。彼女の目的は、単にセシリアを失脚させることだけではない。自分を陥れた者たち全員に、その愚かさを思い知らせ、二度と立ち上がれないようにすることだ。そのためには、完璧なタイミングと周到な準備が必要だった。


 クラヴィス領では、小麦や豆類に加え、野菜の多品種栽培も本格的に始まっていた。トマト、キュウリ、ジャガイモ、タマネギ……色とりどりの野菜が畑を彩り、領地の経済はさらに安定し、豊かになっていく。農民たちの生活も向上し、子供たちの笑い声が領内に響くようになった。


 エレオノーラは、この豊かな実りを守るため、そして来るべき逆襲の日のために、静かに、しかし着実に力を蓄えていた。セシリアとの直接対決の日は近い。エレオノーラの我慢強い戦略は、読者の期待をさらに高めていくのだった。

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