六章 呪詛の真相 01
覚醒した寧々の視界に入ってきたのは、一条堀河宮内に宛てがわれた自分の部屋だった。
「よかった。お目覚めになられたんですね」
ぼんやりと部屋を見回していたら、一花がベッドの傍に現れた。
「無理して起きなくていいですよ。痛みますよね。お熱も出ていらっしゃいます」
体を起こそうとしたら止められた。
確かに一花の言う通りで、少しでも身動ぎすると肩に激痛が走るし全身が熱っぽい。
一花は何も無い所から手品のように吸い飲みを出すと、寧々の体を少しだけ起こして水を飲ませてくれた。
(そっか、私、ここに戻ってきたんだ……)
清涼殿で藤皇后の姿をした異形に立ち向かって負傷し、千晃の手で東宮御所に運ばれたのを覚えている。
「どなたがここに連れてきて下さったんですか……?」
「千晃様の指示で篤幸様が。性別を偽って皇宮に入り込んだのが発覚したら騒ぎになりますから」
「……お手間を取らせて申し訳ありません」
「そんな風におっしゃるのはやめてください。好きでお怪我をされた訳ではないんですから」
一花は眉を寄せると、水を飲み終えた寧々がベッドに横になるのを手伝ってくれた。
「あの、気を失う前に、陛下が亡くなられたって聞いたような気がするんですが……」
「はい。皇帝陛下は身罷られ、その日のうちに東宮殿下が践祚されました」
「私はどれくらい眠っていたんですか?」
「丸一日です。早めに意識が回復して良かったです」
一花は寧々に向かって笑みを浮かべた。
「千晃様は……」
「父帝陛下の
「そっか。そうですよね……」
一般人の葬儀でも大わらわになるのだ。皇帝の葬儀となると大変さは比較にならないだろう。
「呪詛を羽々斬で破壊した後、瘴気の塊が清涼殿に移動し、藤皇后陛下の姿をした異形が出現、皇帝陛下のご遺体が見つかったと聞いております。表向きには異形や瘴気の件は伏せ、清涼殿に雷が直撃したと発表されました。寧々様もどうか、皇宮でご覧になった事は口外なさらないでください」
「……はい。余計な事は言いません」
図らずも寧々は皇族の闇に触れてしまったのだ。
迂闊な発言をしたら命が危ないかもしれない。そんな気がして寧々はぞっとした。
「千弘様を蝕んでいた呪詛は一体何だったんでしょうか?」
「まだ何もわかっていません。何かわかれば、千晃様からお話があると思います」
「そうですね。まだ昨日の今日ですもんね……」
呪詛に深く関わっているはずの皇帝も皇后の姿をした化け物も死んだのだ。真相は何もわからない可能性もある。
寧々は小さく息をついた。
「お熱を測りましょうか」
一花はそう告げると、水銀の体温計を振って寧々の着衣を緩めると、右側の脇の下に挟んだ。
「お食事は取れそうですか?」
寧々は一花の質問に首を振った。
体が熱くて重だるく、何も食べられそうになかった。
◆ ◆ ◆
千晃が皇宮から一条堀河宮に戻ってきたのは、それから三日後だった。
寧々はまだベッドの住人を続けていた。
「寧々さん、お体の具合はどうですか?」
季節の花を手に様子を見に来た千晃の姿に、寧々は大きく目を見開いた。
怪我人の寧々よりもずっと顔色が悪く、目の下には隈ができている。
「まだ痛むし熱もありますけど……。私より千晃様の方が体調が悪そうに見えます」
「ああ、俺のこれは睡眠不足です。昨日は遅くまで夜更かしをしていたので……。部屋に戻ったら寝ます」
千晃は力なく微笑みかけてきた。
「まずは謝罪を。寧々さん、危険な目に遭わせた上に怪我まで……。申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げられ、寧々はギョッとした。
「今思い返したら清涼殿にあなたを連れて行くべきではありませんでした。動転していたとはいえ、取引以上の事をあなたに強いてしまいました」
「私がいなかったら、千晃様のお命が危なかったと思うんですけど……」
藤皇后の姿をした異形の姿に千晃は動揺していた。
「……はい。あなたがおっしゃる通り、俺や篤幸の命が危なかっただけてなく、もっと被害が広がっていたと思います」
千晃は暗い表情で認めた。
「あの状況で行かないという選択肢はなかったと思うのでお気になさらないでください。怪我は自分から貰いに行きましたし……。技量不足で未熟な私がいけないんです」
「……やはりあの時、母に左肩を噛まれたのはわざとだったんですね? どうしてそんな真似を……」
尋ねる千晃の目は据わっていた。
「膠着状態が続いていて、私の体力が先に尽きると思ったんです。出血した私の肩をしつこく狙ってきたので、いっその事噛ませたら動きが止まるのではないかと思いました。狙い通りになってよかったです」
「よくないです! 傷痕が残ったらどうするんですか!」
「既にあちこちにあるので今更です。あ、結婚相手は気にしない方を探して欲しいです。肘とか膝とか結構でこぼこしているので……」
寧々の発言に、千晃は深くため息をついた。
「大人しい女性だと思っていたんですが大胆というか無頓着というか……。もっとご自分を大切にしてください」
「ご心配をおかけしてごめんなさい。今後は気を付けます」
無事誰かと結婚できたら、危険な目に遭う事は二度とないはずだ。素直に謝ると千晃はうなだれた。
「責めたかった訳ではないんです。正直、あなたが清涼殿に付いて来てくれてよかったとは思います。亡くなったはずの母の姿に動揺して動けなくなった自分が恥ずかしいです」
「仕方ないと思います」
寧々はふるふると首を横に振った。
「……全部父だったみたいなんです」
千晃は顔を伏せたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。
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