四章 東宮御所 03

 東宮御所にたどり着くと、すぐに東宮の私室と思われる和室に通された。


 室内には、藤澤神祇官によく似た顔立ちの青年と清楚な雰囲気の美女が並んで座っていた。二人とも和装である。


「よく来てくれたね、千晃、篤幸。そして織部寧々さん。皆どうぞ座って楽にしてください」


 青年は寧々達を招き入れると、まずは座るように勧めた。

 千晃と藤澤神祇官が座卓を挟んで青年と美女の向かい側に置かれた座布団に座ろうとするのを確認してから、寧々は空いていた藤澤神祇官の隣に腰を降ろす。


「まずは初対面の寧々さんに自己紹介をさせてもらおうかな。千晃の兄の千弘です。名を許しますのでどうか千弘と呼んでください。隣にいるのは妻の敬子です」


 藤澤神祇官に似た青年の容姿から何となく察してはいたが、男女の正体は東宮・千弘親王と東宮妃の敬子だった。

 千晃と千弘は同母なのに似ていない。千晃は父帝の、千弘は藤澤侯爵家出身の母方の血が強く出たのだろう。


 千弘は敬子に目配せをした。すると、敬子はにっこりと寧々に向かって微笑む。


「敬子です。私の事も名前で結構ですよ」


「えっと、はい! お二方から御名をお許しいただき光栄です。あ! 私は織部寧々です……」


 緊張のあまり受け答えがおかしくなった。


(どうしよう)


 寧々は青ざめる。


「寧々さん、お気持ちはわかります。千弘様も敬子様も気さくな方なので大丈夫です。深呼吸しましょうか」


 失態に固まってしまった寧々を見兼ねてか、藤澤神祇官が声をかけながら背中に触れてきた。

 吸って、吐いて。何度か繰り返したら気持ちが落ち着いてきた。


「も、申し訳ありません、みっともない姿をお見せして……」


「緊張されているようですね。どうか楽になさってください。咎めたりはしませんから」


 寧々に向かって千弘はゆったりとした口調で声をかけてきた。


「兄の言う通りです。ここにいる全員がここに来てくださった事に感謝しています。だから萎縮しないでください」


 千晃も声をかけてくる。

 だが、楽にしろと言われても貴人が揃ったこの場では難しい。


「寧々さんに緊張するなと言っても無理ではないかしら? まずはお話をしましょう」


 敬子は提案すると、寧々に向かって微笑んだ。


「寧々さんは女性で間違いないのよね?」


(疑われてる……?)


「はい」


 寧々は怯えながら頷いた。すると――。


「素晴らしいわ! 帝都歌劇団の男役みたい! あなた、男装がとってもよくお似合いになるのね……」


 敬子からうっとりとした目を向けられて、寧々は意表を突かれた。

 帝都歌劇団は未婚の女性だけで構成された歌劇団である。


「私、帝都歌劇団が大好きなの! その制服姿もとてもお似合いだけど、和装や西洋風の王侯貴族風の舞台衣装もきっと似合うわ。機会があれば着て見せていただきたいくらい」


「えっと……敬子様に喜んでいただけて嬉しいです」


「敬子、寧々さんが驚いているのでそれくらいで」


 千弘が助け舟を出すように割り込んできた。


「私は寧々さんの緊張を解そうと思っただけです」


 敬子はむっと膨れた。

 楚々とした美女のそんな姿はとても可愛らしい。

 そして、寧々は体の震えがいつの間にか止まっているのに気が付いた。


「あの、緊張、解れたみたいです。敬子様のおかげです」


「よかった。今から千弘様の呪詛を斬っていただくんですもの。硬くなっていては上手く体が動かないでしょう? でも、さっき言った事は本気よ。他の服装をしたあなたが見てみたいわ」


 敬子は寧々に向かってにっこりと微笑んだ。


「ありがとうございます。あの、早く呪印を斬った方がいいですよね? 私なら心の準備はできているので……」


 寧々は千弘に視線を向けた。


「寧々さんがいいのなら早速お願いしてもいいですか? 呪印が出てきてから倦怠感が凄くて」

「はい」


 千弘の問いかけに寧々は頷いた。


「では、準備をします。篤幸、寧々さん、手伝ってください」


 千晃が発言すると、室内には張り詰めたような緊張感が漂った。

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