二章 一条堀河宮 05

 千晃が戻ってきたら教えて欲しいと一花に頼んでおいたのだが、気が付いたら朝になっていた。


(あれ、私、ベッドに入ったっけ……?)


 朝日の眩しさに目覚めた寧々は、自分が柔らかな寝具に包まれているのに気付き、首を傾げながら体を起こした。


「おはようございます、寧々様」


 中空から声が聞こえたかと思うと、一花が部屋の中央に現れた。


「一花さん、私、昨日はそちらで眠ってしまったと思うんですけど……」


 寧々は長椅子を指さしながら尋ねた。


「はい。千晃様を待つうちに眠り込んでしまわれました。そのままでは風邪を引くと思ったので、私がベッドに移動させました」


「そうだったんですね。ありがとうございます。千晃様はいつ頃お戻りになったんでしょうか?」


「日付が変わる少し前くらいです。寧々様は既にお休みでした。起こさなくていいという千晃様のお言葉もありましたのでそのままにいたしました」


「居候なのに出迎えもせず……。何だか申し訳ないです」


「千晃様はそのような事を気になさる方ではありませんからご安心ください。きっと体をたくさん動かしたからお疲れになったんでしょうね」


 一花の発言に、寧々は前日の彼女との訓練を思い出した。

 羽犬を本物のように巧みに操るから、思ったより熱が入ってしまった。


「千晃様はもしよろしければ朝食を一緒にと仰せつかっております。昨日と同じようにお手伝いいたしますね」


 一花はにっこりと微笑むと、壁際の箪笥に移動して寧々の着替えを物色し始めた。




   ◆ ◆ ◆




 食堂に入ると、昨日と同じように千晃の方が先に席に着いていた。


「おはようございます、寧々さん」


 寧々の姿を見ると彼の方から声をかけてくる。


「おはようございます、千晃様。今日は神祇庁には行かれないんですか?」


 千晃は神祇官の制服ではなく仕立てのいい背広を着ていた。


「今日は皇子としての公務があるんです。どうしても出席しないといけない会合があって。寧々さんは今日は袴なんですね」


「はい。着物では体を動かせませんから」


「とても有意義な模擬戦ができたと一花から聞いています」


「こちらこそ勉強になりました。怪我をしないという保証があってあんな訓練ができるなんて素晴らしかったです」


 寧々は昨日の模擬戦を思い出しながら答えた。


「それはよかったです。今日の装いもよくお似合いですよ。袴だと凛々しい雰囲気になりますね」

「ありがとうございます」


 真正面から褒められると、どうしていいかわからなくなる。寧々は顔が熱を帯びるのを自覚した。


「昨日は夜遅くまで俺を待っててくれたそうですね。執務が片付かなくて帰れませんでした」

「自業自得かと。神託の確認のためとはいえ、仮病などお使いになるからです」


 給仕のために待機していた一花が千晃に冷たい視線を投げかけた。


「里に来るのに仮病を使われたんですか?」


性質たちの悪い風邪にかかった事にしました。そうでもしないとこっそり出かけられないので。どうしても自分の目で神託が何なのか見定めたかったんです」


「そんな事して大丈夫ですか?」


「いいか悪いかでいうとよくないですが、普段は真面目に振舞っているので誰も疑っていませんでした」


 しれっと答える千晃に寧々は唖然とした。

 この皇子様は、物腰こそ穏やかで丁寧だが割といい性格をしている。


「お伝えしたい事があるんですが、冷めないうちに食べましょうか」


 一花が出してくれた今日の朝食も美味しそうで、食堂の中はいい匂いが立ち込めていた。




「お預かりした霊刀は短刀に直せるそうです」


 朝食を食べ終えると、千晃が切り出してきた。

 ここに到着した日に、寧々は折れた霊刀を千晃に預けていた。


「刃渡りは五寸(約十五センチ)ほどになりそうですが、直しますか?」


 千晃の質問に、寧々は顔を輝かせると勢いよく頷いた。


「はい! いくらかかっても構いません!」


「お代は結構です。俺が持ちますよ」


「そんな……、申し訳ないです」


「衣装や食事と一緒ですよ。俺にとって刀を打ち直す費用ははした金です。それであなたの忠誠が買えるなら悪くない」


 千晃はにこやかに微笑んだ。

 寧々が食い下がっても、お金を受け取っては貰えなさそうだ。


「……わかりました。このご恩は東宮様の呪詛を斬る事で返させてください」


「はい。お願いします」


 寧々の答えを聞いた千晃は口角を上げた。


「こちらにお迎えしてから放ったらかしで申し訳ないんですが、週末はしっかり休むつもりです。良かったら帝都見物に出かけませんか?」


「出かけてもいいんですか? 外出は控えるようにっておっしゃっていたのに……」


「俺は変装して同行するつもりなので大丈夫だと思います。いい仕事をするためには息抜きも必要ですよ」


「ではお言葉に甘えます! 私、喫茶店に行ってみたいです!」


「わかりました。では寧々さんに楽しんで貰えるよう、どこに立ち寄るか考えてみますね」


 千晃の言葉に、寧々は自分の気持ちが浮き立つのを自覚した。

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