1-2 傷心のバリトンコメディアン

「なんやて!?」

 小原くんは大いに驚いている。

「俺は、アカペラなんてやったことないぞ!?」

「違うよ! アカペラだよ!」

 僕は、『ア』と『カペラ』の間に、0.5秒のブレスを入れる。

「何か面倒くさいな」

「まぁそんなこと言うなって、かくいう僕もやったことないよ!」

「は? 何て?」

 小原くんは、ますます不思議そうな目で僕を見る。


「僕の夢なんだ。音楽活動することが」

 二人の間に暫しの沈黙が流れる。

「あれ? 恩地おんちって、高校ん時、音楽なんかやってたっけ? あんまりイメージないねんけど」

 恩地というのは僕の苗字だ。

「いや、ないよ」ときっぱり答える。「科学部だったから」


「全然関係ないやないか」

 小原くんは、テンポよく大げさにツッコむ。関西弁が馴染むツッコミだ。これがお笑いを磨いてきたときの名残だろう。ちなみに僕は、生まれこそ大阪だけど、幼少期から中学校までは親の仕事の都合で関東に住んでたから、関西弁に染まらなかった。


「でも、幼稚園の頃から中学校までピアノをずっと習ってた。おかげさまで、があるんだ」

 音楽を習うことは、脳科学的に勉強に効果があると信じている親の意向でピアノを習っていたのだ。余談だが、高校のとき科学部だったのも、苦手だった理科を克服させるための親の指示である。

「すごいやんか、それ? アカペラじゃなくて、もっと別の道があるんじゃないか? 作曲とか、バンド活動とか」

「バンドも考えたよ。キーボードなら弾けるけど、そもそもバンドにキーボードって存在感薄くなりがちで、イニシアチブを取りにくいんだ」

 僕は、あくまで自分でリーダーシップを発揮したかったのだ。


「しかしなぁ、俺かて、別に音楽の才能があるわけやないねんて。兄貴を見てお笑いを夢見て追いかけて、それ以外のことは何ひとつ打ち込んでこなかったんやから。ま、お笑いはもう、過去の話やけどな」

「でも、僕は、君に歌の才能があることを知ってる。音楽の授業で、小原くん、歌ったことあったでしょ? たしかあのとき、大地讃頌さんしょうを3人でさ。そのとき、1音も外してなかったのが小原くんだった!」

「マジで? 自覚なかったんやけど。ってか、3人で歌っとって、分かるもんなの?」

「うん。悪いけど、正直、ソプラノとアルトの2人は、聞けたもんじゃなかったね。でも、小原くんだけは、ビシッと決まってた! 何で合唱部にいないの? ありゃ、お笑いじゃもったいない、って思ったよ」

「そっか」

「お笑いよりも、ずっと合唱のほうが才能あるって!」

「うん」

「お笑いにうつつを抜かして、叶うはずもない夢にすがりつくくらいなら、歌ったほうが絶対いいって」

「それ以上言うと、俺、泣くぞ」

 小原くんは、笑っているような悲しんでいるような、何とも言えない表情を見せた。


「そんなわけで、小原くんにはア・カペラの才能がバチバチにある! 会場を沸かせれるくらいにビッタビタに決まる!」

「擬音語、どーゆーチョイスやねん!」

 再びツッコまれた。さすがは、元・お笑い芸人の卵。


「ってことで、僕と一緒にやってくれるよね」

 僕は、小原くんににじり寄った。自信を失っている彼に対しては、自己肯定感を上げつつ、押すところはしっかり押すことが大事だ。

「わ、分かったから、もうちょっと離れてくれへんかな?」

 小原くんは、高身長にも関わらず、後ろにっている。

「分かったってことは、やってくれるってことでいいよね!?」

「う、うん。そこまで言うなら……」


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「俺は、こんな声やから、きっとベースを担当してもらいたくて、声をかけてくれはったんやろうけど、恩地はアカペラのどのパートを考えてるんや? リードボーカルか?」

「僕は、リードボーカルっていうよりもコーラスかな?」

「意外やな。イニシアチブ取るっちゅうから、てっきり目立つとこかと。ほんじゃ、リードボーカル担当は別におるっちゅうことやな?」

「いや、まったく」

「は?」

「だって、まだ、僕たち2人だけだもん?」

「マジで? はあるんか?」

「それもない。だから、小原くんのように、歌が上手くて孤立している人を探してるんだ」

「何か、半分めちゃめちゃけなされとるような気がすんねんけど!」

「誰かいない?」


「誰かって……」

 小原くんは、考えてくれている。

「同じ大学で。『ア・カペラ・インカレ』って大学が同じなことが出場条件だから」

 『ア・カペラ・インカレ』というのが、僕が目指す大会だ。同じ大学で4人以上、というのが出場条件だ。予選会を勝ち抜くと、本選に進み、テレビ局のスタジオで披露させてもらえる。そこで優勝を目指すのだ。

「学部はバラバラでええんやな?」

「うん。でも、できれば1年生で」

「せやな。卒業近いとか就活忙しいとアカンってことやな」

「女の子は必ず2人は欲しい」

「男女混声っちゅうことか」

「女の子の一人は、ボーカル経験がある子で」

「条件多いな!?」

 再びツッコまれた。さすがは芸人の弟だ。

「よう分からへんけど、音楽サークルに入ろうとしてる奴に声かけてくしかないんやないの? これだけいろんな学部が集まっとる大学なんやから、音楽サークルとかいくらでもあるやろし、そうじゃなくても音楽活動を目指してる奴もいっぱいいてるやろ?」

 確かに言われてみればそうだ。

「それじゃ、一緒にメンバー集め手伝ってくれる? 知ってる人が他にいなくて僕1人じゃ心配なんだ」

「あん?」

「小原くんの高身長と魅惑の低音ボイスでおびき寄せちゃってよ」

「人の声を、疑似餌ルアーみたいに言うなや」

「ってことで、さっそく行くよ! 善は急げ!」

「おい、待てって!」


 かくして、僕のア・カペラ活動は幕を開けた。


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