1の5 この公爵様、中身がヤバイ…!

「いや、ちょっと……。想像してたのと違う返しが来たから。これはヤバイな、予想の斜め上を行く面白さだ」


「褒め……てます?」


「もちろん褒めてるよ。家賃も食費も何もかも、きみに請求しないと誓おう。これで安心した?」


(安心どころか、ますます警戒しちゃうんですけど。本当に何が狙いなの? この人の笑顔は鉄壁みたいに硬くて、裏の顔が全然見えてこないわ)


 こうなったらもう裏の顔を暴くのは諦めよう。優先すべきは仕事だ。


「とても有難ありがたい提案ですが、私はお仕事をいただける方が嬉しいんです。今日は工房の代表としてこちらに伺いましたので」


「ああ、それもそうか。じゃあドレスも依頼しよう。五着ぐらいでいいかな」


「五っ……!?」


 何十万もするドレスを、五着!?


「これできみの顔を立てたことになるだろう? その代わりと言ってはなんだけど、一つお願いがある」


「あっ、分かりました。ドレスの料金を値引きするってことですね?」


 やっと家賃タダにつり合う取り引き条件が出てきて、私は正直ホッとしていた。でもアレク様は苦笑しながら首を横に振っている。


(あれ? 違う?)


「ドレスは正規の金額で支払うよ。俺がきみに頼みたいのは、教会には近づかないでほしいってことなんだ」


「え……。たったそれだけ?」


「うん。それを約束してくれたら、ドレスは何着頼んでもいいよ」


(たったそれだけで、ドレスを何着頼んでもいいとか……。そんなに私を教会に近づけたくないわけ?)


 さっきのマント包みの件といい、よほど私を教会に関わらせたくないみたいだ。

 でもとりあえず仕事は欲しいし、その約束は私にとって他愛もないことだから、今は了承しておこう。


「分かりました、その条件で依頼を受けさせていただきます。とりあえず五着の注文で店長に話を通しておきますね」


「ついでに俺と同居する依頼も受けてほしいんだけど。きみは寮に住んでるんだろ? ライラさんがボロいから建て替えを考えてると言ってたよ。いい機会だと思うけどな」


「まだその話を引っ張るんですか……! もううやむやにしたかったのに!」


「いや、うやむやにされたら困るよ。俺の一目惚れが無意味になってしまう。なんで嫌がるんだ? ヴィヴィにとってはすごくいい話のはずだろう」


「……っ、さっきも説明しましたけど、いい話だからこそ胡散臭いんです! こんな豪邸の部屋が無料で、費用一切ナシで、しかもドレスを五着も注文とか! 一目惚れが理由にしても、好条件すぎて怪しさ満載です!!」


 ぜえ、ぜえと息が切れる。

 早口でまくし立てた直後、さすがに言いすぎたかとハッとして口元を押さえたけど、アレク様には全く気にする様子がない。


「……ふぅん。こっちに騙す気がなくても、あんまりいい話だと警戒されるものなのか。じゃあ責任の所在を明確にしよう。もし同居中にヴィヴィに何らかの損害を与えた場合には、俺は責任をとってきみをめとると約束するよ。そうだ、誓約書も用意した方がいいな」


「ちょ……もう、お願いだから……勘弁してください。頭が爆発しそうです」


「本気なのに……」


 頭を抱える私の前で、アレク様が捨てられた子犬のように悲しげな顔をしている。


(本気なんだろうけど! それが分かるからこそ、余計に怖いの!)


 この公爵様は何かがぶっ飛んでいる。見た目は最高なのに中身がヤバイ。

 これ以上この話が続いたら私の精神がもたなそうだし、そろそろ切り上げて帰らせてもらおう。


「同居については、しばらく考えさせてください」


「それは前向きに検討してくれるってことでいいのかな?」


 れするような笑顔なのに、圧力がすごいグイグイ来る。


「そ……そう、ですね。可能な限り頑張って、力を振りしぼって、前向きに検討してみます」


 そう答えられた自分は偉いと思う。


 食事が終わったあと、アレク様は私を馬車で送ってくれた。また私の隣に座り、自分は未婚で婚約者もいないからどうか安心してほしい――そんな話を延々としていた。


 生返事になってしまったような気もするけど、きっと神様は許してくれるだろう。


「つ、疲れた……!」


 自分の部屋に帰った途端、私はベッドに倒れこんでしまった。


(大金持ちの貴族って、皆ああいう感じなのかな……。ちょっと気に入った女性を見つけたら、うまい話を持ちかけてそばに置きたがるものなの?)


 でも王都に住んで半年の間、聖騎士団の団長は女グセが悪いなんて噂は聞いたことがない。聖騎士は皆、王都の人々から尊敬を集めている。


「その前に、一目惚れ自体が実は嘘とか……? でもそれだと、あの好条件の数々が意味不明になるわ。わ、分からないっ……! あの人が何を考えてるのか、全然分からない!」


 もう深く考えるのはやめよう。仕事はもらえたんだからそれで十分だ。

 私は頭の中からアレク様を追い出し、明日になったらライラさんにどう報告しようかと考えていた。



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