二重人格くんの異世界旅

黒山羊

第一話 さよならのあと、ふたりで目覚めた世界

 


 俺が「もう一人の自分」に気づいたのは、小学五年のときだった。


 父親はとっくにいなくて、母は朝から晩まで働きづめ。俺はいつも一人で、弁当箱を電子レンジで温めて、テレビの前で食べるのが日課だった。

 母さんは優しいけど、疲れてた。俺は手がかからない子供でいようとした。静かに、まじめに、いい子で。


 でも本当は――さみしかった。


 その頃から、頭の中で誰かの声が聞こえるようになった。

 最初は幻聴かと思ったけど、その声はただのおしゃべりじゃなかった。俺の気持ちを、誰よりもわかってくれた。


『マサト、もっと泣いていいんだぞー』


 明るくて、軽くて、でも不思議とあったかい声だった。


 その“声”が、俺の中のもう一人の人格――ユウキ。


 気がつけば俺たちは、朝も昼も夜も一緒だった。ときにはケンカして、ときには協力して。学校で嫌なことがあったときは、ユウキが代わりに怒ってくれた。

 俺が黙って飲み込んだ気持ちを、ユウキは全部、声にして叫んでくれた。


 高校二年になった今でも、俺たちはずっと一緒だ。

 誰にも言ってない。母さんにも、友達にも、カウンセラーにも。


 だって――ユウキは俺の“親友”だから。

 バレたら、“消されてしまいそう”だった。


 


 ◇ ◇ ◇


 


 その日は雨だった。


 体育の授業で体操服を忘れて、先生に立たされた後、濡れた制服で下校する羽目になった。傘もないし、駅まで徒歩二十分。


『うーわー、ツイてねぇなー』


「……ほんとにな」


 商店街のアーケードを抜けた先、信号を渡ろうとして、俺は足を止めた。


 赤信号。車が一台、遠くからやってきている。俺はそのまま止まり、立ち尽くしていた。


 そのとき――視界の端に、幼い子どもの影が見えた。


 飛び出した。車が来ているのに。

 俺は、考えるより先に身体が動いていた。


「危ないっ!!」


 子どもを抱きかかえた瞬間、車のクラクションが鳴り響いた。

 風のような衝撃。そして――


 


 ――俺は、目を覚ました。


 


 ◇ ◇ ◇


 


 熱い。


 全身が、サウナの中に突っ込まれたみたいに熱い。


 地面はザラザラしていて、目を開けると、空が――青すぎた。

 雲ひとつなく、二つの太陽が空に浮かんでいる。


『……マサト。おい、起きろって』


 ユウキの声が、頭の中で響く。懐かしくて、でもどこか現実味がない。


「……え、何……?」


『起きろってば。ボクら、死んだっぽいぞ』


「……は?」


 ゆっくりと身体を起こすと、周囲は――まるで映画の世界みたいだった。

 どこまでも広がる砂漠。地平線。熱風。異様な空。

 そして、二つの太陽。


「……夢?」


『いや、多分ガチ』


「ちょっと待って……え、これ……異世界?」


『そうっぽいなー。しかも、ほら、見て見て。“テンプレ感”すごいよ』


「待て待て、話が早すぎる。まず、俺たち……ほんとに死んだのか?」


『さっきの車、たぶんドカンっていったぞ? でも、子どもは助かったっぽいし』


 あの一瞬の記憶が、断片的に蘇る。

 飛び出す子ども。クラクション。突っ込んでくる車。俺は――


「……そっか。俺、死んだんだな」


『うん。でも、なんかこうして“ふたり”でいるってことは……ちゃんと、続きがあるってことだろ』


 ユウキはそう言った。いつもの調子で、軽い声で。


 でもその言葉に、俺は少しだけ救われた気がした。


 


 ◇ ◇ ◇


 


「……『ステータス表示』」


 ダメ元で呟いてみると、空中にウィンドウが浮かび上がった。


 青白い光の文字。俺の名前と、能力と、もうひとつ――


 


《人格:マサト(表)》

クラス:観察士(アナライザー)


特性:「構造解析」「心理探知」


スキル:

 ・戦況分析

 ・空間認識

 ・精神リンク(ユウキとの連携強化)


『おおー、マサト、分析系スキル! やっぱ頭脳派って感じだね〜』


「……まあ、俺っぽいな」


『じゃあ次はボクね! 切り替えて! てか、すでに切り替わってる気がするけど!』


 


《人格:ユウキ(裏)》

クラス:戦闘士(クラッシャー)


特性:「身体強化」「直感回避」


スキル:

 ・瞬間強化

 ・反射撃

 ・戦闘人格化(危機時自動前面化)


「……バランスいいのか悪いのか」


『いいだろ? これでボクが戦って、マサトが頭脳で支える。ふたりで、ひとつ!』


 そう言ってユウキは笑った。


 ふたりで、ひとつ。


 そうだ。これまでも、これからも。

 どんな世界でも、どんな敵がいても――俺たちは一緒だ。


 


 そのときだった。

 砂の中から、“何か”が動いた。


「……なんだ、あれ」


 盛り上がる砂。甲殻。尾の先が鋭く光る。


 それは――サソリのような魔物だった。全長は3メートル以上。異常な存在。


『うおー! 来た来た! ファーストバトルだ!』


「落ち着け、ユウキ!」


『切り替えていい!? ねえ! 10秒で終わらすから!』


「……好きにしろ」


『サンキュー!! いくぜぇ!!』


 熱気と砂煙の中、ユウキが飛び出す。

 拳を握り、無防備な身体で、巨大サソリへ一直線。


『――ふたりでひとりの、最強コンビって見せてやろーぜぇぇ!!』


 


 こうして俺たちは、新しい世界での一歩を踏み出した。

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