清らかなるシスタの風上にも置けぬ与太話

Jem

第1話 ババアの昔話さ。

 大地を炎が走り、女たちが逃げ惑う。あの頃はアンタ、そりゃぁひどいモンさ。竜人族に見下され、狩られて精を吸われ尽くした魔女族の屍がそこいらに転がっていた。アタシもさ、子供の頃から精を搾られてたんだよ。竜人族は魔女の精を吸わないと傷が回復しないんだとさ。勝手に喧嘩して傷だらけの竜人に付き纏われてさ。子供だったから、御しやすかったんだね。

 竜人は粗暴で、吠え声だけで魔女は身が固まるんだ。何にもできずに搾り取られる自分が嫌だった。竜人はいつも怒ってたよ。よその魔女ならもっと可愛らしくて、もっと精に溢れていて、尽きることなく竜人に分け与えるんだと。罵られながら笑顔を作るのも、可愛らしい嬌声を立てるのも、アタシには無理だった。そんなら、もうよその魔女と取り替えてくれってさ、言えばまた竜人は怒り出すんだ。


「キチガイ、バカタレ、アホンダラ」


 母親は何してたって?まなこが曇る魔法にかかっていたよ。アタシが竜人を喜ばすのが大好きの大得意だって思い込んでいたのさ。竜人が怒り出したら、アタシを呼びつけて竜人の部屋に押し込んで、扉の外で耳を塞いでいたよ。


 魔女族の抵抗戦線があるって風の噂に聞いたのは11の時だった。アタシは竜人の目を盗んで本を読んだ。抵抗戦線“シスタ”が文字に載せて届けてくれる魔法はアタシの光になった。シスタの理論、シスタの戦記、魔女達のさまざまな声が魔法になってアタシを勇気づけてくれた。家を飛び出して戦線に加わったのは13の時だ。顔を炭で黒く塗ってさ。もう、アタシは一生笑えないだろうと思っていたよ。


 「少し、お喋りが過ぎたかね」


 赤く日に焼けた肌は皺み、銀の髪を豊かに編み込んだ魔女エリンデが、ふぃ、と水晶玉に手をかすめて通信を切った。世界に言葉の雫を落とす魔法だ。あの抵抗戦争の頃から魔女族は確実に力をつけ、魔法は格段に発展した。今ではシスタは魔女族の統治機関となり、都の中央に立派な宮殿も設けたらしい。


 「アタシには、もう関わりもないことだけど」


 そう、あの屍の山も、地を焼く業火も、その最中を駆け抜けた魔女達も、みーんな昔話。今どきのシスタは都で真っ白な法服を着て、煌めくような言葉の魔法だけで民を魅了しているのだ。

 エリンデがタバコに火をつける。戦火を駆け抜けていた頃から手放せない悪癖だ。健康に悪い?知ってるよ。今どき都じゃこれも他人迷惑なんつって御法度だとさ。

 田舎の空はどこまでも青く、そよぐ薬草は燦々と陽を跳ね返す。エリンデは満足そうに薬草畑を眺めやり、鼻歌を歌い出す。小さく、低く、呟くように。


 大地の魔女が身を震わせば地上の者どもはひっくり返り

 火の魔女がため息を漏らせば地上の者どもは心を焦がす

 木の魔女が天を突けば地上の者どもに屋根を葺き

 水の魔女が奔り出せば地上の者どもに恵みが芽吹く

 風の魔女が歌えば地上の者どもの傷を癒す

 魔女たちはそっと吹き抜けていく


 ……知っているかい。旧い歌さ。

 今の子たちゃ教わらん。ま、教える先生のほうが怖がってるってワケ。歌は変わったよ。今じゃ“魔女は泉を導く”とかなんとか。

 都では優しい詩ばかりだ。都合のいい、聖なるお言葉。

 でもアタシは、あの詩を捨てないよ。

 誰かが思い出しておかなきゃ。あの時代、確かにあったんだって。

 エリンデが、また水晶玉に向き直る。


 ……さあ、お話を始めようか。

 血と灰の匂いを忘れない者たちの、最後の冒険を。


〈つづく〉

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