第21話:揺れる心
文化祭が目前に迫り、
学校中は、お祭りムードに包まれていた。
廊下には、各クラスの出し物のポスターが貼られ、
体育館からは、吹奏楽部の練習の音が聞こえてくる。
普段は静かな校舎が、
生徒たちの活気と熱気に満ちていた。
私も、そんな賑やかな雰囲気に、
ほんの少しだけ、心が浮き立つ。
でも、同時に、胸の奥がざわついた。
昼休み、教室でも、文化祭の話題で持ちきりやった。
「ねえ、うちのクラス、お化け屋敷なんだって!」
「やだー! 絶対怖いじゃん!」
「でも、月島先輩のバンド、ルナティック・ノイズは絶対見る!」
「だよねー! 今年もかっこいいんだろうな~!」
そんな会話が聞こえてくるたびに、
私の心臓は、ドクンと大きく鳴る。
輝先輩。
彼が、もうすぐ近くに来る。
そんな予感が、胸を締め付けた。
輝先輩とは、日常の中で顔を合わせる機会が増えた。
廊下ですれ違うと、彼が声をかけてくれる。
食堂で一人でご飯を食べていると、
隣に座ってくれることもある。
そのたびに、私は緊張でガチガチになって、
まともに話すことすらできへん。
でも、彼の優しい言葉や、
少し照れたような笑顔を見るたびに、
胸の奥が甘く疼く。
このまま、時間が止まればいいのに。
そんなことを、いつも思っていた。
私も、たぶん輝先輩も、
文化祭を一緒に過ごしたいと思ってる。
なのに、その一言がどうしても言えなかった。
(和歌のモノローグ)
文化祭、彼と何かできたら……
そんな淡い期待が、心のどこかにあった。
でも、私から声をかけるなんて、
そんな勇気、どこにもない。
もし、誘って断られたら。
そう考えただけで、
体が震えてしまう。
こんな臆病な私が、
彼に近づいてもええんやろか。
彼の周りには、いつもたくさんの人がいる。
私なんか、きっと彼の視界にも入ってない。
そんな風に、自分を卑下してしまう。
輝の視点から見ると、
和歌はいつも通り、
教室の隅でひっそりとしている。
時々、俺と目が合うと、
ビクッと体を震わせて、
すぐに目をそらしてしまう。
相変わらず、人見知りだな。
でも、それが、なぜか、
俺には可愛く見えた。
文化祭で、あいつと何かしたい。
そう、思っていた。
だけど、どんな風に誘えばいいのか。
話しかけようとして、呼吸が浅くなる。
気づかれたら恥ずかしいって、ガキみたいだ。
けど、あいつの視線に触れると、それだけで心臓が変に動く。
今まで、誰かを誘うなんて、
したことなかったから。
バンドの練習ばかりで、
そういうことには疎かった。
文化祭の準備期間中、
体育館では、ルナティック・ノイズの練習が行われていた。
廊下を歩いていると、微かに、
彼らの演奏が聞こえてくる。
思わず廊下で足を止めて、そっと胸に手を当てた。
重厚なギターリフ、力強いドラム、
そして、輝先輩の伸びやかな歌声。
『錆びついた鎖 引きずりながら
見えない壁に 囚われてた』
彼らの『Re:bellion』のフレーズが、
体育館中に響き渡る。
その歌詞が、私自身のことみたいで――
苦しくて、でも目を閉じて聴いていた。
その歌声は、私の心を奮い立たせる。
でも、同時に、
彼が手の届かない場所にいるような気がして、
少しだけ、寂しくなった。
和歌は輝への想いを伝えたいと強く願うが、勇気が出ずに葛藤し、なんとなく気まずい雰囲気が漂う。
(和歌のモノローグ)
文化祭まで、もうすぐ。
これを逃したら、いつまた勇気が出せるか分からへん。
そう思うと、胸がそわそわして、落ち着かなくなった。
でも、どうしたらいいんやろ。
直接、告白するなんて、絶対無理。
告白ソング。
あの歌を、彼に聴かせたい。
でも、それも、誰かに頼まないと無理や。
私は、ただ、もがくだけやった。
輝先輩と目が合うたびに、
言葉にできない感情が、
胸の奥で、渦巻く。
でも、言葉には、できへん。
そんな状況が、
私と輝先輩の間に、
なんとなく気まずい雰囲気を漂わせた。
輝も、和歌との距離を縮めたいと思っているが、
どう切り出せばいいか分からずにいた。
(輝のモノローグ)
文化祭、あいつと、一緒に回れたら。
そう思ってるのに、
いつも、声をかけようとすると、
和歌が、サッと目をそらす。
俺が、何か、嫌なことしたのか?
いや、そんなはずはねぇ。
ただ、あいつが、人見知りなだけだ。
そう分かってるのに、
なんだか、上手く話せなくて。
お互いに、ぎこちない空気を感じる。
最後のチャンスが近づく中、
二人の関係は宙ぶらりんのままとなる。
文化祭前日。
学校は、準備の熱気で、
普段とは違う、高揚感に包まれていた。
輝先輩の姿を、何度か見かけた。
彼は、クラスの出し物の準備で、
忙しそうに走り回っていた。
私も、自分のクラスの準備を手伝う。
すれ違うたびに、
お互いに、何か言いたげな顔をするけど、
結局、何も言えずに、通り過ぎてしまう。
夜、自室に戻って、
私はベッドに横になった。
天井を見上げる。
胸がぎゅうっと痛くて、
思わず涙が滲んだ。
どうしてこんなに好きになってしまったんやろ。
あの人に、少しでも近づきたいだけなのに。
文化祭。
明日から、始まるんや。
私の恋は、このまま、
何も変わらずに終わってしまうんやろか。
そんな不安が、胸を締め付ける。
でも、心のどこかで、
「もしかしたら、何か、起こるかもしれへん」
そんな淡い期待も、捨てきれへんかった。
窓から差し込む月の光に目を細めながら、
心の中で、そっと呟いた。
「……輝先輩」
名前を口にするだけで、胸が熱くなる。
月の光のように、私の想いも、
いつか、彼に届くんやろか。
私だけの告白ソングのメロディが、
静かに、私の胸に響いていた。
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