第14話:縮まる距離
「わかP」の正体が和歌だと知ってから、
俺、月島輝は、和歌への接し方を変えた。
今まで、ただの興味本位で声をかけていたけれど、
今は、もっと、彼女自身を知りたいという気持ちが強くなっていた。
あの歌声に惹かれた理由が、
彼女自身の繊細な心にあると確信しているから。
そんな俺の視線は、
知らず知らずのうちに、和歌を追いかけていた。
学校での日常も、和歌がいるだけで、
景色が違って見えた。
教室の彼女の席、廊下を歩く後ろ姿、
購買でパンを選んでいる横顔。
一つ一つの光景が、以前よりも鮮明に、
そして、特別なものとして目に映る。
ある日の昼休み、
俺は友人の瀬戸と篠田と食堂で飯を食っていた。
いつものように、他愛ない話で盛り上がる。
「なあ、輝。最近さ、お前、
なんかソワソワしてね?」
瀬戸が、俺の顔を覗き込んできた。
「そうそう、なんか常に誰かを探してるみたいで、
落ち着きねぇんだよ」
篠田も面白そうに言う。
「うるせぇな。別にそんなんじゃねぇよ」
と、俺は適当に返しながら、
無意識に食堂の中を見回していた。
案の定、和歌の姿を探していたのだ。
俺の心臓は、ドクンと音を立てる。
バレたか? いや、バレてない。
まだ、誰にも、この気持ちはバレてない。
そんな俺の様子を見て、
瀬戸がニヤニヤしながら言った。
「まさか、あの神楽坂の妹ちゃんか?」
その言葉に、思わず箸を持つ手が止まった。
「……なんで、和歌なんだよ」
平静を装いながら、努めて冷静に問い返す。
「いや、なんかお前、最近、
そっちの方見てること多いからさ。
気のせいか?」
瀬戸は、俺の反応を面白がるように、
さらに追及してきた。
「気のせいだ。適当なこと言うな」
俺は、そう言い切って、
急いで味噌汁をすすった。
熱い味噌汁で、顔が赤くなったのは、
きっと気のせいじゃない。
二人はまだ、俺の秘密に気づいていない。
それが、なぜか、心臓がくすぐったい。
悪いことをしている気分と、
誰にも知られていない優越感が入り混じる。
学校で輝が和歌に軽く話しかけたりする機会が増える。
下駄箱で偶然会ったフリをして、
「お、神楽坂じゃん。今日も早いな」
なんて声をかけたり。
和歌は、いつもビクッと体を震わせ、
驚いたような顔をする。
その反応が、正直、可愛かった。
「あ、月島、先輩……」
相変わらず、声は小さい。
目を合わせようとせず、すぐに俯いてしまう。
そんな彼女を見て、
俺は胸の奥が温かくなるのを感じる。
その度に、俺は優しく笑いかけてやった。
ある日の放課後、
図書室で参考書を探していると、
奥の方の棚に、和歌がいるのを見つけた。
静かに本を読んでいる彼女の姿は、
まるで絵画のようだった。
俺はそっと近づいて、
彼女の近くの棚から本を取るフリをした。
そして、わざとらしくため息をついてみる。
和歌が、ゆっくりと顔を上げた。
「月島先輩……?」
その声は、驚きと、
ほんの少しの緊張を含んでいた。
「お、神楽坂じゃん。こんなところで会うなんてな」
俺は、わざとらしく驚いて見せた。
和歌は、相変わらず俯きがちだけど、
以前よりは、少しだけ、
俺の目を見るようになっていた。
その小さな変化が、俺には嬉しかった。
「神楽坂も、読書好き?」
「あ、はい……ま、まあ」
消え入りそうな声で答える彼女に、
俺は笑いかける。
「ふーん。どんな本読むんだ?」
「えと……詩集とか……」
彼女の言葉に、俺の心臓が跳ねる。
やっぱり、こいつが「わかP」だ。
確信が、さらに深まる。
和歌は輝のさりげない言葉や視線に、
胸が締め付けられるような感覚を覚える。
(和歌のモノローグ)
最近、月島先輩が、
私に話しかけてくれることが増えた。
最初は、夢かと思った。
憧れの、手の届かない存在やったのに、
今は、目の前にいる。
目が合うたびに、心臓がギュッとなる。
顔が熱くなる。
でも、不思議と、嫌じゃない。
むしろ、もっと話したいと思ってしまう。
こんな気持ち、初めてや。
彼が近くにいると、空気が変わる気がする。
まるで、私だけの世界に、
彼が光を差し込んでくれたみたいに。
彼の優しい声、温かい視線に触れるたびに、
胸の奥が締め付けられるような感覚を覚える。
これが、「恋」なんやろか。
人見知りで、ずっと孤独だった私に、
こんな感情が生まれるなんて。
戸惑いながらも、その感情を、
大切に抱きしめたくなった。
輝への恋心を自覚し始め、
彼に話しかけられるたびにドキドキするようになる。
学校で彼を見かけるたびに、
無意識に目で追ってしまう。
彼が誰かと楽しそうに話しているのを見ると、
胸の奥がチクリと痛む。
こんな感情も、初めてやった。
これが、嫉妬、なんやろか。
私なんかが、そんな感情を抱いていいんやろか。
ある日の放課後、
俺は部活の顧問に呼び出され、
職員室に向かっていた。
廊下を歩いていると、
前の方から、和歌が歩いてくるのが見えた。
いつも通り、俯いて、
誰とも目を合わせないように歩いている。
すれ違う瞬間、俺は立ち止まって、
「神楽坂」と声をかけた。
彼女は、ビクッと体を震わせて、
ゆっくりと顔を上げた。
その目には、驚きと、
そして、僅かな期待の色が混じっていた。
「あのさ、今度、俺たちのライブ、
見に来ねぇ?」
思い切って誘ってみた。
和歌の目が、大きく見開かれる。
その顔は、真っ赤に染まっていた。
「えっ……ライブ……ですか……?」
声が震えている。
「おう。怜の妹なんだから、
一度くらい見に来てもいいだろ」
そう言って、俺はニッと笑ってやった。
和歌は、顔を真っ赤にしたまま、
小さな声で「は、はい……」と頷いた。
彼女の顔が、
さらに赤くなるのを見て、
俺は心の中で、小さくガッツポーズをした。
二人の距離はわずかだが確実に縮まり、
和歌の恋心はより明確な形となる。
憧れだった輝先輩が、
私に話しかけてくれる。
ライブに誘ってくれる。
夢みたいな出来事やった。
彼のさりげない言葉や視線が、
私の心を揺らし、
新しい感情を芽生えさせる。
家に帰ってからも、
輝先輩の笑顔と、
「またな」という声が、
頭の中で繰り返される。
そして、スマホを取り出し、
「わかP」のチャンネルを開いた。
『心の居場所』を再生する。
自分の歌声が、彼に届いたんやろか。
もし、彼が私の歌を聴いて、
少しでも、何かを感じてくれたのなら。
それだけで、胸がいっぱいになる。
輝の心の中で、和歌への「ただの興味」は、
明確な「恋心」へと変わり始めていた。
彼女の繊細な歌声が、
そして、普段の彼女の控えめな姿が、
俺を強く惹きつけている。
俺だけが知る彼女の秘密。
この秘密が、俺と和歌を、
これから、どこへ導いていくのか。
俺には、その予感しかなかった。
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