【2】君の時間が、僕の中で動き出す


 ゴーン…ゴーン…。


 真夜中に突然振り子時計の鐘が鳴った。


 それは、まるで哀しみに暮れて慟哭しているかのような切ない音だった。


 冬のとても寒い、凍えそうな日の夜だった。


 宮廷魔導士として働いていた僕は、父の訃報を聞いて実家に帰ってきた。僕は19歳になったばかりだった。


 ――父さんは、もう帰ってこない。





 東の砦の最前線で指揮を取っていた父は、撤退命令を最後まで無視して、味方を逃がして殉死したらしい。


 その日、家には僕以外誰もいなかった。


 僕はたった1人で、父の執務室の振り子時計の前に座っていた。


 自慢の父だった。


 強くて、優しくて――でも、どこか寂しそうな目をしていた父。



 僕のたった1人の、大切な家族。


「…っ。父さん…。父さんまでいなくなったら、僕はたった1人になってしまう…。」


 僕は嗚咽を漏らす。


 泣いたことなんて、12歳の時に騎士の道を諦めた時以来だった。


 誰かの返事なんて、あるはずがない。


 けれどその瞬間――


 カチ、コチ、カチ、コチ…


 …かち。


 時計の秒針の音が止まった。


 ふいに途切れた音に思わず顔を上げる。


「…え?」


 

――そして。


 振り子時計がパアアアッと白く輝き出す。


「…なんだ?!」


突然の出来事に僕は驚き目を見開く。


 すると、振り子時計の木の外殻がガタガタと震え、軋むように開いていった。


 古びた花が、ゆっくりと咲いていくかのように。

 

 すると、光の中から、一人の少女が姿を現した。


 白いワンピースを纏い、金の髪を揺らしながら。


 透けるような白い肌は、まるで冬の夜に咲いた幻の花のようだった。


 やがて、彼女はゆっくりと目を開ける。


(…綺麗だ。)


 まるでサファイアのような美しい青い瞳に思わず見入ってしまう。


 少女は裸足で床に立ち、泣きそうな目で僕を見つめ返した。


 こんな時なのに僕の心臓は早鐘のようにドキドキと鳴った。


「エド。…大丈夫?」


彼女は鈴が転がるような可愛らしい声で僕に問う。


 僕は突然の出来事に呆然としながら、呟く。


「君は…一体誰なの?」


すると、彼女は真っ直ぐに僕を見て、意を決したように口を開く。


「…ごめんなさい、信じられないかもしれないけど、私、ずっとこの時計に閉じ込められていたの。」



◇◇



 彼女の名前は『フローラ』と言うらしい。


 元の身分は明かしたくないようだ。


「どうやら術をかけられた時、私の存在そのものが皆の記憶から消えてしまったようなの。


 …だから、明かしたって仕方ないわ。」


そう言って、フローラは少し寂しそうに笑った。


 よく見ると、見た目は少女なのにまるで長い時間を生きてきたかのような達観した目を彼女がする事に気が付いた。


 だが、美しく洗練された所作を見ていると高位貴族であるのは間違いないだろう。


(…それにしても、こんな魔法聞いた事もないな。


 …もしかして、呪いのようなものなのだろうか。)


 僕は宮廷魔導士として数多くの魔法を学んできたが、こんな術は知らなかった。


 けれど、彼女が時計にされていたと知って、何だか凄く腹落ちしたのも事実である。


(…時々まるであの時計が生きているかのように感じていたのは、彼女が本当は人間だったからなのかもしれないな。)


「…ねえ、もしかして君はずっと、僕の話を聞いてくれていたの?」


僕はおずおずと、話しかける。


 すると、彼女はとても綺麗に笑ったのだ。


「ええ、生まれた時からずっと。


 笑っている時も、泣いている時も、貴方を見守っていたわ。


 ずっとずっと、貴方のことを傍で見ていたわ。…エド。」


 彼女のやわらかく、あたたかな声が何故か乾いた心の中に水のように染み込んでいく。


 その瞬間、何故か涙が溢れて止まらなくなった。


 堰を切ったように言葉が溢れ出していく。


「っ、父さんが死んで、悲しかった。」


「…ええ。」


「っ、僕の…。たった1人の、肉親だったのに…。まだ…まだ若かったのに…」


「…ええ。」


「…っ親孝行だって、…したかった。来月、一緒に旅行に行く約束だって、してたのに。」


「…ええ。」


「…育ててくれてありがとうって伝える事が、出来なかったっ。」


「…泣かないで。エド。



 これからは私がずっと貴方の傍にいてあげるから。


 嬉しい時も、悲しい時も、貴方が深く傷付いた時も。私はいつもここにいる。」


そう言って、僕を抱きしめながら彼女はずっと背中をさすってくれた。


 僕が異性の前で、こんなふうにまるで子供のように泣きじゃくったのは初めての事だった。


(…母さんの腕の中ってきっと、こんな感じなのかな…。)


 彼女の腕の中で、僕は徐々に落ち着きを取り戻し、やがて安心して目を瞑ったのだった。

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