エライ
やがて、不規則に響いていた石の音が止む。今度こそ、調査が終わったようだ。
(私が聴く限り、違いはあまり感じ無かった気もするけれど……)
「ごめんなさい、焦ってしまって……。そして――どうでしょうか? 私はあまり違いを感じ無かったのですが」
まだ、背を向けているツキミに謝り、問いかけると、ツキミはこちらに振り向く。
「あぁ。正確な所はわからないが、水が出ている箇所に、大きな空洞が存在している可能性は、極めて低いように感じる」
そう答えながら、ツキミは手にした石を地面にそっと置く。
「セイカさんはどうでしたか?」
セイカも、何か気付いた事があるかもしれない。
「んー。大丈夫だと思うっす。ここの石は硬いっす。ボコボコしてないっす」
セイカはしゃがみ込むと、手近な石を拾いあげ、そう感想を述べる。
「ぼこぼこ?」
二人とも安全だと判断したようだが、私はセイカの言う「ぼこぼこ」が気になったので尋ねてみる。
「ぼこぼこっす。小さい時に遊んだ石は、ぼこぼこしてて……。あんまり堅くなかったっす。それとは違うっす」
セイカは手にした石を地面にカツカツとぶつけながら答える。
(なるほど、セイカの小さい頃か……)
そう私が思っていると――
「今も小さいじゃないか。だが、その判断は間違っていない」
ツキミがセイカに不適な笑みを浮かべ言い放つ。
「「なっ!?」」
私とセイカの言葉が重なる。
唐突なツキミの棘に私の口が開く。恐らく、目も見開いているだろう。
「アタシはこれから大きくなるっす!」
セイカが立ち上がり、ツキミに反論する。
先ほどまでの優しい笑顔は完全に消え失せ、わかりやすいふくれっ面だ。
(また……?)
しかし、昼食時とは違い、何がツキミの気に障ったのかが分からない……。
「細い」とか、スタイルに関わるような事も、セイカは言っていないはずだ。
(私は「軽っ」て思ったけれど……)
もしくは、ただの悪戯心なのだろうか。
表情豊かなセイカ。セイカには悪いが、正直、その気持ちは分からなくも無い。
(私はやらないけれど……)
ただ、それならば今である必要はないはず。
とはいえ、この場を収めるべく、高速で思考を巡らせ――
「あっ」
一つの可能性が浮かび上がると、声が漏れていた。
「セイカさん! ちょっと!」
セイカに手招きをすると、赤い髪を揺らしながら、ふくれっ面が近づいくる。
横目で見てみると、ツキミの表情は変わらず、不敵な笑みを浮かべたままだ。
私もセイカに顔を寄せると、ツキミに聞こえないよう、小さな声で耳打ちする。
セイカにこっそりと意図を伝え終えると、二人でゆっくりとツキミへと視線を移す。
セイカの顔には、初めて顔を合わせた時と同じ、何か企んでいるような笑みが、徐々に浮かんでくる。
隣に並ぶ私も、きっと同じ顔をしているだろう。
私はセイカを見つめて、そっと頷く。
合図を受け取ったセイカの口元が、いたずらっぽく持ち上がり、腕を組んだかと思うと――
「ツキミ。ツキミは調査を頑張ったから、偉いっす」
そう言って、目を閉じながら、これ見よがしに頷く。
ツキミは、何が起きているのか判断できないようで、目をしかめる。
(ツキミさん。ごめんなさいね。でも、ツキミさんも悪いんですよ?)
けれど、これから起こる事を想像すると、私の口元が少しだけ緩む。
「だから、ツキミにはご褒美として、二人で、よしよししてあげるっすよ!」
セイカの目が見開いたかと思うと、既に両手の指は顔の横で、何かを揉み拉くように蠢めいている。
私もセイカに習い、口の前でもぞもぞと指を動かす。
「なっ!? 何を言っている! だ、大丈夫だ! 不要だっ!」
何かを察知したのか、ツキミは今までに無く焦った声を上げ、一歩後ずさる。
黄金色の瞳はセイカの指をじっと見つめ、とても嫌そうだ……。
だが、後ずさるツキミを追いかけるように、私とセイカも、じりじりと距離を詰めていく。
「だめっすよ! ツキミは頑張ったじゃないっすかー!」
セイカが指の動きを速め、ツキミに詰め寄る。その指の動きに合わせて、光ガス灯の明かりが壁に、蠢く怪しい「何か」を映し出す。
その怪しい「何か」はまるで、逃げ場を失ったツキミの心そのもののようだ。
「お、お前達も頑張っただろ! だから……。み、みんなエライ! そうだ! みんな偉い! だから、それでいいだろう!」
背後に回した手で、壁際に追い詰められた事を察したツキミが懇願する。
セイカは、ツキミに触れそうで触れない距離を、楽しんでいるようだ。
想像以上の効果、反応に私は少し驚く。
(ツキミも、こんな風に焦る事があるんだ。でも、そろそろ――)
「セイカさん。どうしましょう? みんな偉いらしいですよ?」
私は指を動かすのを止め、セイカに尋ねる。
すると、セイカも指を止め、今度は考える姿勢へと体勢を移す。
「そっすかー。じゃあ、ツキミだけ、よしよしはずるいっすね」
自分の柔らかそうな頬を、人差し指でつつきながら、セイカが呟く。
しかし、その瞳にはまだ、獲物を見つけた猫のような輝きが残り、視線はツキミを捉えたままだ。
「じゃあ、ツキミにも、よしよししてもらうっす!」
考えた結論が出たのか、セイカがそう言うと、追い詰められたツキミがすぐに口を開く。
「まっ、待て! 俺たちはまだ調査の途中だろう? 何かあるたびに、ヨシヨシしていたら調査が進まない! 後だ! 調査が終わったらやればいい! そうだろう!? ……局長!」
ついに、ツキミは私に助けを求めてくる。セイカの指が再び蠢き始めたようだ。
(ふふっ。わかりました)
「セイカさん。ツキミさんが言うとおり、調査もしないといけません。だからあとで、たぁーっぷり、撫でてあげるのはどうですか?」
そう言いながら、私はセイカの前にそっと身を乗り出し、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「んー?」
私の提案にセイカは少し思案した後、目をぱちりと瞬かせ、ツキミを見据えて口を開く。
「ツキミ――調査頑張るっすよ! キャハ」
その指が、まだ遊びの続きを望むように蠢き、赤い瞳は「いたずらは、あとで」と語っているようだ。
ゴクリ――
微かな息を呑む音が、私の耳に届く。多分、ツキミだ。
「と、いうことらしいですよ?」
私は言いながらツキミに向き直る。
「あ、あぁ。調査もちゃんとやる……」
力の抜けた声でツキミは承諾するが、どこか不満そうな顔だ。
そして、彼女の白い肌が少し赤らんでいる気もするが、薄暗がりのせいで、よくわからない。
「セイカさん、よろしいですか?」
セイカに尋ねてみると、セイカは私に目を合わせ、笑顔で頷き返してくる。どうやら納得してくれたようだ。
(ひとまず、よかった。ツキミには、調査と、よしよしも頑張って貰おう……)
私が一安心していると――
「だが、岩盤の調査は、緊急性が感じられない限り、今度で良いだろう。足場も用意してからやるべきだ」
ツキミが、そう提案してくる。
その黄金色の視線は、セイカの指を嫌そうに見つめてから、汚れている私の膝を経由し、私の瞳に届く。
(気にしてくれている?)
「そうですね。確認した方が良い場所だけ控えておいて、後日改めて調査をしましょう。膝は汚れてしまいましたけど、大丈夫です。怪我はないです」
私はそう答えながら、手で、膝に付いた汚れを拭う。湿った土の跡が少し残ったが、そのうち乾けば取れるはずだ。
だいたい綺麗になったことを確認し、手をはたいて顔を上げると、ツキミはもう背を向けていた。
(ふふっ、昼食会の時と同じだ)
「では、引き続きダンジョンの調査を進めましょう!」
私は二人に声をかけると、鞄を肩にかけ、光ガス灯を手に取る。
そして、進むべき先に、光ガス灯を向け、道を照らす。
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