第7話 絵本
『文章を書く仕事は?』
「え?」
『本を読むのが好きなんでしょ?
書くのとかは、考えたことないの?』
胸の奥にしまい込んでいた箱を
ふいに開けられたような気がして、
言葉が、喉の途中で止まった。
『そういうの、目指したことないの?』
「そう、ですね、、」
『言葉の使い方とか、
なんか文学的だなーって感じるけど』
その一言に少しだけ心が潤って、
でも、認められるのはなんだか照れくさくて。
「そんなこと、初めて言われました。
でも、小学校の頃は読書感想文で賞をとった
ことあったりします」
『ほら、文才?みたいなのあるんだよ、
きっと』
まだ少ししか話をしたことがないのに
遥くんは何か確信があるようにそう言いながら
カウンター越しから少しだけ身を乗り出して、どこかへ導くみたいに見つめてくる。
「、、実は、一冊だけ
絵本を作ったことがあるんです」
『絵本?』
「はい。内容はなんか、たくさん失敗してきた
自分を慰めるような言葉ばかり並べちゃった
けど、言葉にすると、
救われるものがあるような気がして」
なんだか懐かしいものを見るように目を細めた遥くんは静かに頷いて、
『そういうの、世に放ってみたら?』
「え?」
『最近はいろいろあるじゃん。
携帯で書いたのをサイトに載せるだとか、
誰かの目に触れないともったいないよ』
「でも、出来が良いってわけでもないし、」
『出来が良くなくても、
内容はきっと素敵だと思うよ。
上手に雨宿りしてきた紫ちゃんの人生が詰ま
ってそうで』
上手に雨宿りしてきた人生
そう言われれば聞こえはいいけど
現実逃避ばかりしてきた人生、
とも言えるわけで。
「、、遥くんは、」
『ん?』
「ううん、なんでもないです」
遥くんは
どんなことを辛く思ったり、
どんなことで落ち込んだりすんだろう。
そんな時、
なにが遥くんを支えてくれてるんだろう。
『みんな似たようなもんだと思うよ』
「え?」
『みんな何かしらの正解を探してて、
でも、たくさん失敗して、不正解を選んでし
まったんだと落ち込んでる』
誰かに言ってほしかった答えを、
遥くんがゆっくりと言葉にしてくれる。
『でも、その先でしか出会えない人や、
音楽や、景色がある』
失敗はあっても、不正解はないんだよね。
『紫ちゃんがどんな失敗をしてきたのかは
わからないけどね』
少し照れ臭そうに珈琲を飲み進めた遥くんは
まるで絵本を読んでいるかのような語り口調だった。
『紫ちゃん』
「ん?」
『今日、来てくれてありがとね』
遥くんは少し寂しそうに目を細めて、
静かな店内に流れるJAZZの音楽と外の雨音が、妙に耳に響いてくる。
まだ何か言いたそうな顔をしていたけど
なんとなく聞き出す気にはなれなくて
「また来ますね」
そう一言だけ返してみても
遥くんは優しく微笑むだけで、
『待ってるね』とは言ってくれなかった。
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