第30話:世界の命運

「イグナス」


僕は最後に呼びかけた。


「まだ間に合います。一緒に、本当の平和を築きましょう」


「君にはまだ理解できないようだな」


イグナスが薬草を高く掲げた。その薬草が暗い光を放ち始める。


「では、実際に体験してもらおう」


「私の完璧な世界を!」


戦いの火蓋が、ついに切って落とされた。


しかし、戦闘が始まる前に、イグナスが大きな手を上げた。


「その前に、君たちに見せたいものがある」


「何ですか?」


「私の理想の実現を」


イグナスが周囲のヴィータ・デウスに向かって叫んだ。


「起動せよ!」


ゴオオオオオ...!


巨大な魔法装置が一斉に光り始めた。


深い青色の光が装置全体を包み込み、空気が振動している。まるで世界の心臓が鼓動を始めたかのような、圧倒的な力を感じた。


「やめてください!」


僕は止めようと駆け出したが、既に遅かった。


キイイイイン...!


装置から放たれた強烈な波動が、施設全体を震わせた。石造りの壁が振動し、天井から細かな石の粉が舞い落ちる。


「これで世界は平和になる!」


イグナスの狂気じみた笑い声が響く。


「全ての人が、同じ価値観を持つ理想の世界だ!」


「そんな...」


アルフィリアが装置の状況を確認した。


「波動が世界中に拡散されています」


「世界中に?」


「はい。各国の人々が...」


エレーナが魔法学院の通信装置で外部と連絡を取ろうとしたが、返事がない。


「誰も応答しません」


「どういうことですか?」


「恐らく、世界中の人々が既に精神操作状態になっています」


カイルが愕然とした。


「そんなことが可能なのか?」


「可能だ」


イグナスが誇らしげに言った。


「今頃、世界中の人々が操り人形のような状態になっているだろう」


「操り人形...」


「争いも憎しみもない。ただ、私の意志に従って行動する」


イグナスの目に、狂気の光が宿っていた。それは愛情が歪んだ結果生まれた、最も恐ろしい狂気だった。


「これこそが、エリーが望んだ平和だ」


「違います!」


僕は叫んだ。


「エリーさんが望んだのは、こんな世界じゃありません!」


「君に何が分かる?」


「分かります!」


僕は一歩前に出た。


「間違っています!多様性こそが世界の美しさです!」


「多様性?」


イグナスが嘲笑した。


「その多様性が争いを生むのだ」


「争いを生むこともあるかもしれません」


僕は認めた。


「でも、同時に素晴らしいものも生み出します」


「素晴らしいもの?」


「はい。愛も、友情も、美しい芸術も、すべて多様性から生まれます」


「それは理想論だ」


「理想論ではありません」


僕は仲間たちを見回した。


「私たちがその証拠です」


「証拠?」


「私たちはみんな違います」


僕は力強く言った。


「カイルは勇敢な騎士、エレーナは知的な魔法使い、リリアは優しい治療師、アルフィリアは経験豊富な薬草師」


「それが何だ?」


「みんな違うからこそ、支え合えるんです」


「支え合う?」


「はい。一人では解決できない問題も、みんなで力を合わせれば解決できます」


イグナスの表情が少し揺らいだ。


「でも、争いは...」


「争いがあっても、理解し合うことができます」


僕は確信を込めて言った。


「時間はかかるかもしれませんが、必ず分かり合える日が来ます」


「そんな日は来ない」


イグナスが薬草を取り出した。


「だからこそ、強制的に統一するのだ」


「それは本当の平和ではありません」


「平和かどうかは、結果が決める」


イグナスの薬草が不気味な光を放った。


「君も、私の理想の世界の一部になるのだ」


「断ります」


僕も薬草袋に手を伸ばした。


「私は、みんなが自由に生きられる世界を守ります」


「では、力づくで従わせよう」


イグナスが最初の攻撃を仕掛けてきた。


「『アンシエント・ポイズン・スピア』!」


ヒュオオオ...!


古代の毒を仕込んだ巨大な槍が僕に向かってきた。その槍は空気を裂きながら飛来し、触れるものすべてを腐らせる邪悪なオーラ

を纏っている。


「『ピュリフィケーション・バリア』!」


パシィッ!


僕の浄化の壁が毒槍を中和したが、その威力は想像以上だった。防御の光が激しく明滅し、僕の体力が大幅に消耗される。


「すごい力...」


「これはまだ序の口だ」


イグナスが次々と薬草を取り出した。


「『エターナル・ダークネス』!」


ゴオオオ...!


永遠の闇を呼び出す古代薬草学の奥義が発動した。ホール全体が暗闇に包まれ、視界が完全に奪われる。この闇は単なる光の不足

ではなく、希望そのものを奪う絶望の闇だった。


「前が見えません!」


リリアが困惑した。


「『ライト・ブレス』!」


僕は光の薬草魔法で暗闇を払おうとしたが、完全には消えない。光と闇が激しく拮抗している。


「『デス・ミアズマ』!」


シュウウウ...!


死の瘴気が暗闇の中に立ち込めた。それは生命力そのものを蝕む邪悪な毒気で、触れるだけで細胞レベルでダメージを受ける。


「みんな、息を止めて!」


カイルが叫んだが、既に遅かった。


「うっ...」


仲間たちが毒に侵され始めた。顔色が青ざめ、呼吸が苦しくなる。


「『マス・ヒーリング』!」


僕は急いで仲間たちを治療したが、イグナスの攻撃は止まらない。


「『アトミック・エクスプロージョン』!」


ドゴオオオオン!!


原子レベルでの爆発が起こった。現実そのものが悲鳴を上げ、空間が歪み、時間が狂う。僕たちは必死に防御したが、その威力は

圧倒的だった。


「こんな薬草魔法があるなんて...」


アルフィリアが驚愕した。


「古代薬草学の最高奥義です」


「どうすれば...」


「みんなで連携しましょう」


カイルが剣を構えた。


「『ライトニング・ソード』!」


バリバリッ!


雷を纏った剣がイグナスに向かったが、彼は軽々と避けた。


その動きは人間離れしており、まるで空間を移動しているかのようだった。


「『フリーズ・ランス』!」


エレーナの氷の槍も同様に避けられた。


「『ヒーリング・ボム』!」


アルフィリアの治療薬爆弾も効果なし。


「『ライト・アロー』!」


リリアの光の矢も届かない。


「無駄だ」


イグナスが嘲笑した。


「君たちの力では、私を倒すことはできない」


「まだ諦めません」


僕は浄化の力を使おうとした。


「浄化の光!」


キイイイン...!


虹色の光がイグナスを包もうとしたが、彼は黒い薬草でそれを弾き返した。


「『ダーク・リフレクション』!」


パシィッ!


僕の浄化の力が反射されて、逆に僕たちを襲った。自分の力に攻撃されるという屈辱が、心に深い傷を残す。


「そんな...」


「君の力も所詮はその程度だ」


イグナスが勝利を確信した表情を見せた。


「諦めて、私の理想の世界に参加しろ」


「絶対に諦めません」


僕は必死に立ち上がった。


「世界を救うまでは」


「世界を救う?」


イグナスが大笑いした。


「世界は既に救われたのだ。私によって」


「それは救済ではありません」


「では、どうする?」


イグナスが最後の薬草を取り出した。それは見たことのない黒い薬草で、周囲の空間さえ歪ませている。


「『ワールド・エンド』!」


世界を終わらせる究極の薬草魔法が発動しようとした。


「みんな...」


僕は仲間たちを見回した。


「最後まで一緒に戦ってくれて、ありがとう」


「ルリィ...」


「まだ終わりじゃない」


カイルが立ち上がった。


「俺たちは最後まで戦う」


「私たちも」


仲間たちも立ち上がった。


「絶対に諦めません」


絶望的な戦況の中、僕たちは最後の力を振り絞った。


でも、イグナスの力は圧倒的だった。


「これで終わりだ」


イグナスの究極魔法が、ついに発動した。

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