第4話:新しい自分
村に帰り着いた僕は、急いで自分の部屋に駆け込んだ。幸い、師匠は夕食の買い物に出かけていて、誰にも会わずに済んだ。
部屋の鏡の前に立って、僕は改めて自分の姿を見つめた。
「これが...僕?」
鏡に映っているのは、見知らぬ美しい少女だった。栗色の髪は肩まで伸びて、自然なウェーブがかかっている。瞳は僕と同じ茶色だけど、なぜかもっと大きく見える。頬は薄っすらと桃色に染まり、唇も自然な赤みを帯びていた。
「信じられない...本当に女の子になってる」
手で自分の顔を触ってみる。確かに僕の感覚だけど、肌はとても滑らかで柔らかい。体のラインも完全に女性のもので、着ている服がブカブカになってしまっている。
「でも...なんだろう、この感覚」
不思議なことに、嫌悪感はなかった。むしろ、どこか安堵感のようなものを感じている。まるで、本来あるべき姿に戻ったような...
「そんなはずない。僕は男として生まれたのに」
首を振って、そんな考えを追い払おうとする。でも、心の奥では、この姿の自分を受け入れている部分があることは否定できなかった。
階下から師匠の声が聞こえてきた。
「ライリィ、帰っているのか?」
どうしよう。このまま隠れているわけにもいかない。でも、正直に話しても信じてもらえるだろうか。
僕は急いで姉の古い服を探し出して着替えた。少しきつかったけど、なんとか着ることができる。髪も適当にまとめて、深呼吸をしてから階下に向かった。
「あの、バジルおじさま」
「ん?君は...」
師匠が振り返って、僕を見て目を丸くした。
「初めまして。私、ルリィと申します。ライリィの...従妹です」
咄嗟に思いついた設定で話す。声は完全に女性のものになっていて、自分でも驚く。
「従妹?ライリィから聞いたことがないが...」
「遠い親戚なんです。急に身を寄せることになってしまって」
「そうか...それでライリィは?」
「あの、実は急用で隣町に行くことになって。しばらく私が代わりに薬草店のお手伝いをさせていただければと」
師匠は困惑した表情を見せたが、やがて優しく微笑んだ。
「まあ、家族なら仕方あるまい。君も薬草の知識があるのかね?」
「はい、ライリィから色々教わりました」
これは嘘ではない。僕自身の知識なのだから。
「それなら助かる。当分よろしく頼むよ、ルリィちゃん」
師匠に疑われることなく信じてもらえて、僕はひとまず安心した。でも、嘘をついていることに罪悪感も感じていた。
――― 翌朝、薬草店を開けて間もなく、リリアがやってきた。
「おはようございます、バジルおじさま」
「おお、リリアちゃん。おはよう」
リリアは店内を見回して、僕に気づいた。
「あの、初めてお会いしますね」
「はい、私ルリィです。ライリィの従妹で、しばらくこちらでお世話になることになりました」
僕は丁寧にお辞儀をした。
「まあ、ライリィの従妹さん!確かに、どこか似ていらっしゃいますね」
リリアは親しみやすい笑顔を見せてくれる。でも、その笑顔は昨日見せてくれたものよりも少し控えめで、どこか遠慮がちに見えた。
「ライリィはどちらに?最近あまりお話しできていなくて...」
「隣町に用事があって出かけています。戻る時期は未定なんです」
「そうですか...」
リリアは少し寂しそうな表情を見せた。
「でも、ルリィさんとお話しできて嬉しいです。薬草のことでお聞きしたいことがあるんです」
「もちろんです。何でもお聞きください」
リリアの質問に答えながら、僕は不思議な感覚を覚えていた。男性のライリィとして話していた時は緊張して満足に話せなかったのに、ルリィとしてなら自然に会話ができる。
「ルリィさんは本当に博識ですね。ライリィと同じように、薬草のことを何でも知っていらっしゃる」
「ありがとうございます」
「でも...」
リリアは少し複雑な表情を見せた。
「何か?」
「ライリィと話していた時より、あったばかりのあなた方が話やすいようまきがします。なんだか不思議ですね」
その言葉に、僕の胸が痛んだ。
――― 午後になって、エレーナが店を訪れた。今日は魔法学院の制服ではなく、上品な淡い紫色のドレスを着ている。
「こんにちは、バジルさん。今日も薬草について教えていただけますでしょうか」
「おお、エレーナお嬢様。今日は弟子の代わりに、姪が来ているんですよ」
師匠が僕を紹介してくれる。
「初めまして、エレーナ・セージと申します」
エレーナは上品にお辞儀をしてくれた。でも、その表情はやはり少し遠慮がちで、社交的な微笑みという感じだった。
「ルリィです。ライリィの従妹です」
「まあ、ライリィさんの!確かに薬草に詳しい血筋のようですね」
エレーナは興味深そうに僕を見つめた。
「実は、古代薬草学について研究しているのですが、実践的な知識が不足していて」
「どのような薬草についてでしょうか?」
「ルナティック・ハーブという薬草をご存知ですか?」
僕の心臓が跳ね上がった。まさに昨日、その薬草を探しに行って、あんな目に遭ったのだ。
「はい、存じております。月光を浴びて育つ、とても珍しい薬草ですね」
「本当に!実際に見たことがおありですか?」
エレーナの瞳が輝いた。彼女の学問への情熱的な姿勢が、とても魅力的に見える。
「残念ながら、実物は見たことがないのですが...文献によると、古い遺跡の近くに自生することがあるそうです」
昨日の経験を思い出しながら答える。
「遺跡ですか!それは興味深い情報ですね」
二人で薬草学について語り合っていると、時間があっという間に過ぎた。エレーナとは男性のライリィとして話していた時以上に深い話ができるような気がした。
――― 夕方、薬草を買いに市場に向かう途中で、カイルとばったり出会った。
「あれ、君は確か...」
「初めまして、ルリィと申します」
僕は慌てて自己紹介した。
「俺はカイル・フェンネル。騎士見習いだ」
カイルは爽やかに微笑んでくれたが、その笑顔はいつもより少し緊張しているように見えた。
「ライリィの従妹さんですか?確かに似ていらっしゃいますね」
「はい、よくそう言われます」
「ライリィは元気ですか?昨日、薬草のことを教えてもらう約束をしていたのですが」
「申し訳ありません。急用で隣町に出かけてしまって」
「そうですか...残念です」
カイルは本当に残念そうな表情を見せた。でも、すぐに表情を改めて言った。
「ところで、ルリィさんも薬草に詳しいのですか?」
「はい、少しだけ」
「それなら、今度俺にも教えていただけませんか?騎士として、応急処置の知識は必要ですから」
カイルの真剣な表情に、僕は少し動揺した。男性として見られているという感覚が新鮮で、どう反応していいか分からない。
「もちろんです。お役に立てれば」
「ありがとうございます。君のような美しい女性に教えていただけるなんて、光栄です」
カイルの言葉に、僕の頬が熱くなった。これまで誰からも「美しい」なんて言われたことがなかったから、どう反応していいか分からない。
――― その夜、一人になった僕は、今日一日のことを振り返っていた。
女性として過ごした最初の日は、予想以上に自然だった。それどころか、男性の時よりもみんなと自然に話せているような気がする。
「どうして僕は、女性になることにこんなに安らぎを感じるんだろう」
鏡の中の自分を見つめながら考える。確かに美しい女性になっている。でも、それだけじゃない。なにか根本的に、しっくりくる感覚があるのだ。
「僕は男に生まれたのに...これは間違いなのかな」
でも、今日のリリアやエレーナ、カイルとの会話を思い出すと、ライリィとしての時よりもずっと自分らしくいられた気がする。
「このままでいてもいいのかな」
そんな危険な考えが頭をよぎる。でも、これは薬の影響で一時的に女性になっているだけだ。いつかは元に戻らなければならない。
「でも...もし選べるとしたら」
そこまで考えて、僕は首を振った。そんなことを考えても仕方ない。今は状況を受け入れて、元に戻る方法を探すことが先決だ。
「明日は、もう少し情報を集めてみよう」
そう決めて、僕は床についた。でも、心の奥では、このままの生活が続いてもいいかもしれない、という気持ちが芽生え始めていることは否定できなかった。
女性として生きることの新鮮さと、本当の自分とは何なのかという根本的な疑問。その両方を抱えながら、僕の新しい日々が始まったのだった。
窓の外では、星が静かに瞬いている。まるで僕の迷いを見守ってくれているかのように。
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