薬草師ルリィの異世界転性記~僕が私になっても、みんなを守りたい件~
不可思議はっぱ
第1話:平凡な薬草師の日常
「今日もいい天気だな...」
僕、ライリィ・ハーベストは、いつものように一人で森へ向かう道すがら、そんなことを呟いていた。朝露に濡れた草花が朝日に照らされてキラキラと輝いている。こういう静かな時間が、僕は好きだ。
人と話すのは苦手だけど、植物たちとなら心が通じ合える気がする。変かもしれないけれど、薬草を摘んでいる時だけは、自分が本当に必要とされているような気分になれるんだ。
「おはようございます、ライリィさん」
振り返ると、村の女性たちが洗濯物を抱えて井戸に向かうところだった。僕に気づいて、にこやかに手を振ってくれる。
「あ、おはよう...ございます」
慌てて頭を下げると、帽子がずれ落ちそうになる。あわてて押さえながら、足早にその場を離れた。
後ろから小さな笑い声が聞こえてくる。きっと僕の慌てぶりが可笑しかったんだろう。顔が熱くなるのを感じながら、僕は森の奥へと歩いて行った。
―――「ライリィ、今朝の収穫はどうだった?」
薬草店に戻ると、師匠のバジルが優しく声をかけてくれた。白いひげを蓄えた初老の男性で、この村一番の薬草師だ。僕の薬草の知識の大半は、この人から教わったものだ。
「はい、マスター。月光草とヒーリングミントが良質なものが採れました」
僕が籠から薬草を取り出すと、バジルは満足そうに頷いた。
「ほぅ、これは上等だな。お前の目利きもだいぶ良くなった」
「ありがとうございます」
褒められると素直に嬉しい。でも、その直後に店の扉のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
バジルが声をかけると、若い女性が二人連れ立って入ってきた。僕は反射的に奥の調合台の影に隠れてしまう。
「すみません、鎮痛薬をいただけますか?」
「母が腰を痛めてしまって...」
女性客たちの声が聞こえてくる。僕の心臓がドキドキと鳴り始めた。女性と話すのが本当に苦手なんだ。どうして男性同士だと普通に話せるのに、女性が相手だと途端に言葉が出なくなってしまうのだろう。
「ライリィ、こちらにいらっしゃい」
バジルに呼ばれて、僕は仕方なく表に出て行く。
「この子が私の弟子のライリィです。調合の腕前はなかなかのものですよ」
「まあ、こんなに若いのに」
「でも薬草のことなら何でも知ってるのよ、この子」
女性たちが僕を見つめてくる。優しい目だとは分かるけれど、どうしても視線を合わせることができない。
「あの、その...腰痛でしたら、ペインリリーフの軟膏が...効果的です」
声が小さくなってしまう。せっかく良い薬を知っているのに、上手く説明できない自分が情けない。
「ありがとう、ライリィ君。とても勉強熱心な良い子ねぇ」
女性の一人が優しく微笑んでくれたけれど、僕はただうつむくことしかできなかった。
―――昼下がり、店が一段落した頃に、また扉のベルが鳴った。今度は見覚えのある声が聞こえてくる。
「こんにちは、バジルおじさま」
振り向くと、僕の幼馴染のリリア・ローズマリーが立っていた。薄い金色の髪を三つ編みにまとめ、清楚な白いワンピースを着ている。村一番の癒し手である彼女の母親の手伝いで、よく薬草を買いに来るんだ。
「おや、リリアちゃん。今日は何かお入り用かな?」
「はい、傷薬をお願いします。きのう村の子供たちが怪我をしてしまって」
リリアは僕にも気づいて、小さく手を振ってくれた。
「ライリィ、元気?最近あまりお話しできてないけれど」
「あ、うん...元気だよ」
どうして幼馴染のリリアとも、こんなにぎこちなくなってしまうんだろう。小さい頃は普通に遊んでいたのに、いつの間にか彼女が美しく成長して、僕は彼女と話すのが恥ずかしくなってしまった。
「こちらの傷薬はいかがでしょう」
僕は棚から小瓶を取り出して、リリアに差し出す。でも手渡そうとした瞬間、彼女の指が僕の手に触れそうになって、慌てて手を引っ込めてしまった。
「あ、ごめん!」
「ううん、大丈夫よ」
リリアが困ったような、でもどこか寂しそうな表情を見せた。その顔を見て、僕の胸が痛くなる。
「ありがとう、ライリィ。また今度、ゆっくりお話ししましょうね」
「うん...」
リリアが店を出て行くのを見送りながら、僕は自分の不甲斐なさに落ち込んでいた。
――― 夕方、店を閉めた後、僕は一人で鏡の前に立っていた。映っているのは、どこにでもいそうな平凡な17歳の少年。茶色い髪に茶色い瞳、特に目立った特徴もない普通の顔。
「僕は一生このまま女性と話せないんだろうな...」
深いため息が漏れる。今日だって、お客さんの女性たちやリリアと、まともに会話することができなかった。みんな優しくしてくれているのに、僕が勝手に緊張して、うまく話せないだけなんだ。
「どうして僕は、こんなに情けないんだろう」
薬草の知識だけは誰にも負けない自信があるのに、それを人に伝えることができない。特に女性が相手だと、心臓がバクバクして、頭が真っ白になってしまう。
鏡の中の自分を見つめながら、僕は小さく首を振った。
「でも...明日も薬草採集に行こう。森の中なら、僕でも役に立てる」
そう自分に言い聞かせて、僕はベッドに向かった。
明日もきっと、いつもと同じ平凡な一日になるだろう。女性と上手く話せない、情けない薬草師見習いの一日が。
でも僕は、まだ知らなかった。明日から僕の人生が、想像もつかないような方向に変わり始めることを。そして、自分自身についても、まったく新しい発見をすることになるとは、夢にも思っていなかった。
窓の外では、月が静かに僕の部屋を照らしている。いつもと変わらない、平和な夜だった。少なくとも、この時はまだ。
「おやすみ、また明日」
僕は誰にともなくそう呟いて、目を閉じた。
明日という日が、僕の運命を大きく変える始まりの日だとも知らずに。
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