💀34 仮面の御方


 ✜1か月前魔王城✜


「ドライグ。貴様だけ、よくおめおめと帰ってこれたものよ」

「申し訳ありません……しかし!」

「言い訳をするつもりか? 語るに落ちたな」

「……」


 魔王がご立腹だ。

 そんなに言うなら自分で行けばいい。

 言っておくが連中の実力は、悔しいが俺様よりも上だ。魔王なんて敵うはずもない。


 このままこの愚か者の首を取ってしまいたいが、ここは我慢する。

 こんなヤツの相手などしていられるか。

 偉大な古龍の血を継いでいる俺様が人間に負ける程度の強さで終わるわけがない。

 一刻も早く強くならなければ。

 そのためには手段など選ぶつもりはない。


 魔王城はアースヴァルト大陸の北の果て、ノースエンドの更に北の方に位置しており、その外見は一般的な城とは大きく建築様式が異なっている。


 まずそもそも地上・・・・・・に建っていない。巨大な裂け目〈冥府の揺籃クナ・インフェルニ〉。どこまで下に続いているのか誰もわからない深い谷の岩肌をくり抜いてできた難攻不落の城〈無限凍城コキュートス〉。


 かつて冥界の王が、この裂け目から地上に出て、アースヴァルト大陸の地母神である女神と地上の覇権を巡り、33,333日も争ったと云われている。


 かつて人間がこの城まで攻め込んだ記録はない。この巨大な裂け目〈冥府の揺籃〉は谷底から常に凍てつく風が吹き上げている。そのためノースエンドは極寒の地として知られ、魔族のような寒さへの耐性のない人間はノースエンドの大地で生きていくのは困難であり、魔王領が不可侵の領域である所以でもある。


 そんな不可侵領域にたった今、異変が起きた……。


「魔王様、大変です⁉」

「騒ぐな。こやつの処分で忙しい。後にせい」

「しかし!」


 魔王場の警備を担当している魔族が慌てた様子で謁見の間に駆け込んできたが、魔王が取り合おうとしない。それなのに引き下がらず報告を続ける。


「要点だけ申せ。長く語れば死を与える」

「はっ! 演習場の間に巨大な船・・・・が出現しました」

「──なん、だと?」


 演習場の間とは、魔王城の中にある巨大な空間。普段はこの場所で練兵などを行っている。魔王が驚くのも無理はない。なんせあの場所は閉じた空間。船など入ってこれるはずが無いのだから……。


「中から人間・・が出てきました」


 この地に人間がやってこれるはずもない。

 だとしたら、それはただの人間ではないのが道理。


 蜂の巣をつついたように〈無限凍城コキュートス〉が騒がしくなり始めた。


「これが魔王、か。ずいぶんと小物臭い」

「ぐぶぅッ!」

「──ッ⁉」


 現在、謁見の間には俺様ドライグをはじめ、魔王と四天王のショウジョウとエナロッテしかいない。報せにやってきた見張りの魔族が血を吐いて倒れると、魔族の影から次々に人間が浮き上がってきた。


 4人の男女。

 腕が3本の男に長身、長髪の男。足の筋肉が異常に発達した女と彼らの後ろに白い仮面を被った男が控えている。


 魔王に嘲笑を含んだ言葉を投げつけたのは仮面の男。


「貴様! 生きてここから出られると思うなッ⁉」

「笑わせるな道化。寒獄に守られていただけの卑小な存在よ」

「殺す⁉」


 魔王が両手に雷を纏う。

 悪魔族には血筋に関係なく、ごく稀に雷を扱える者が生まれる。

 この雷を扱える者こそが、魔王の資格に足る魔族とされている。


 雷の速さは、音の速さとは一線を画す。

 故に最強。故に不可避の一撃。


「〈油霧の幕コラプト・シェード〉」


 仮面の男がその魔法の名を口にする前にすでに黒い霧が彼らを覆っていた。

 魔王が放った膨大な質量を誇る雷があっさりと吸い込まれる。


 仮面の男は雷撃を無効化しながら、いかに魔王が力の無駄使いをしているかを滔々とうとうと語る。


「力というのはこう使うのだ」

「──ッ⁉ おっぐう゛」


 黒い粘液状の球体が魔王の頭を覆う。

 両手で黒い球体を剥がそうにも粘液なので、闇雲に両手を動かしているにすぎない。魔王はしばらく手足をバタつかせていたが、やがて動かなくなった。


「汝らに問う。服従か、死か?」

「──なっッ⁉」


 あくまで魔王の配下として、ここで戦って死ぬか、それとも仮面の男に服従するかの二択。


「服従したら俺様は強くなれるのか?」

「ドライグ、アンタ魔王様を裏切る気?」


 蜘蛛女のエナロッテが俺様を止めようとする。

 だが、関係ない。

 俺様は強くなってあのジジイ勇者を引き裂かねばならない。


「強くなれるが?」

「なら服従でもなんでもしよう」


 そう言った俺様を仮面の男は一度、待機させてエナロッテとショウジョウに服従か死を迫って結局二人とも服従の道を選んだ。


「これを喰え」

「わかった」

「──アンタ馬鹿じゃない? 魔王様の魂を食べるなんて」

「キキッ……」


 仮面の男が寄越したのは魔王の亡骸から取り出した魂をリンゴにしたもの。魂を抜き取り、左手の紫色の魔力を混ぜると紫色のリンゴにその姿を変えた。エナロッテが口を押さえ、ショウジョウが目を見開いて俺様がどうするのか探っている。


「もうひとつ、喰っても心と身体がついていかなければ死ぬ」

「かまわん、ここで死ぬなら俺様もそれまでの存在だということよ」


 思い切り頬張った。


「っあ゛──?」


 身体の中を何百、何千本もの針で突き刺されたような痛み……。

 いっそ首を掻き切られた方がマシだと思える痛みが、絶え間なく続く。


「ふぅ──っ」


 何度も意識を失いそうになりながらも必死に耐えていたら、突然痛みが消えた。力が嘘みたいに身体じゅうに漲っている。己を覆う魔力も飛躍的に増した。


「お前達はどうする?」

「ミーは遠慮するキッ」

「冗談じゃないわ、食うわけないでしょ!」


 二人は俺様の死にそうになっているのを見て、食べるのを断念したらしい。仮面の男に俺様を含めて、彼の部下3人と合わせて新たな四天王を名乗るよう命令された。


「あなたに忠誠を誓います。なんと呼べばいいですか?」


 俺様が膝をついたので慌ててショウジョウとエナロッテも後に続いてひざまずく。


 仮面の男、いや、仮面の御方はすこし考えながら、こう名乗った。






「そうだな……カルテタバルと呼べ」






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