第6話 紅一女とはなむけの歌②

「今日はこのパジャマ姿のままで寝るよ」と言う影日向くんを残して、私はセンパイの待つ部屋に戻った。


 やっぱりは動きやすい。今なら本来の箸さばきを見せられるのに……


「おかえり~」短パンにTシャツ姿のセンパイはマンガ本をガチ読みしたまま迎えてくれる。


「杏ちゃんとしてもお風呂入ってきたら……アンダーはクローゼットの引き出しの中」


 よほど面白いマンガのようだ。センパイが夢中でマンガ読むなんて凄く意外だけど……


「『この女!マンガばっかり読みやがって』って思ってるでしょ?」とセンパイはマンガから目を離さずに言う。

「まぁ勘弁して!私、今まで、ほぼマンガ読んだ事ないの。自分では1冊も持っていないし。シーラカンスみたいな生きた化石レベルなの」


「それは……」と言い掛けたけど、言葉を飲み込んでクローゼットの方へ歩いて行く。


「せっかくだから、私とお揃いを着てね。出してあるから」とセンパイの声が追いかけて来た。



 ◇◇◇◇◇◇


 お泊りはお泊りでも温泉へ入りに来たわけではないから

 さすがに2連チャンのお風呂は疲れるかな……

 1回目はくらい湯船につかっていたし……


 なんて言い訳して、髪はタオルでゴシゴシ拭いたままだ。

 このままだと、またひどい寝ぐせかなぁ~


 この点については影日向くんで居る事の方が便利!


 ドアを開けると横並びに布団が二組敷いてあって、その一つの上に、センパイがちょこんと座っている。

 この人は何をしていても本当に綺麗で可愛い。


 しかしこの状況……

 短パンとTシャツはお揃いだし……

 私ら新婚さんかよ!

 楽しいけど。


 センパイが「おいでおいで」するので寄ってみると、ペタン!頬をくっつけられた。

「またホカホカだね」


 ひょえぇ~!!


 ますますのぼせちゃうじゃないですか!!

 あっ! センパイ、またいたずらっ子の目だ。


「さっきから何、読んでたんですか?」

 と無理やり流れを変えたくて、積み上がったマンガ本の山から1冊手に取った。


「えっ?! 『紅一女くれないひとめ』?」

 中を開いてみる。


 確かにお母さんの絵だ!

 だし、今より線は荒くて強いけど……


 何だろう?

 オーラ?

 何か絵にエネルギーがある。

 ざわざわっとした感じ!



 で、ページをめくっていくと

 思いっ!!切りっ!! エロいじゃん!!!


 どうりでお母さんの本がウチには1冊もない訳だ!!


「これじゃぁ 教育上良くないよね」思わず声に出してしまう。


「あら?! そうかしら? 確かに大胆なシーン?のオンパレードだけど、お話自体は優しくて可愛くて、そして切ない。でも杏ちゃんはやっぱり嫌かしら?」

「嫌も何も……」

 私はちょっと言いよどんでしまう。

 ああもう!!さっきから顔が熱くなりっぱなしだよ!

 でも、センパイがこんなに目をキラキラさせて語るのだから……


 ボソッ!という


「あの……『紅一女くれないひとめ』って、ウチの母なんですよね。一応今でもイラスト描いてます。アルバイトで……」

「ええええっ!!」

 センパイにガシッ!!と両腕を掴まれた。


「今度、お母様に会わせていただけません?」


 センパイのあまりの勢いに私は目が点だ。今日は色んな事で驚かされたけど、センパイについてはこれが一番の驚きかも……


「ウチの母もぜひセンパイにお会いしたいと言ってます。いつもいつも」


 センパイは突然、私をマンガ本ごと胸に抱きしめた。

「ああ!!本当に嬉しい! 私は杏ちゃんともう離れられない!!」


 もし、私が今、影日向くんを着ていたら……

 弓矢でハートを射抜かれていたと思う。

 この人こそが最強なんだ!きっと……



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