第3話 少しだけ

 セレネ=ザウアーラントは、貧乏騎士爵家に生まれた。

 必然として、彼女も小さな頃から修行をして、騎士団へ入ろうとした。


 だが、入団試験は厳しく、現役の騎士に実技で勝たねばならない。

 十五歳で王都オーリュン・ポスへとやって来た彼女だったのだが、見事に負ける。


 だが、当然ながら一度では諦めきれない彼女は、伝手を頼りに、城で仕事につく。

 やっとついた職だが、家柄の低い彼女。侍女ではなく、そう下女扱い。

 本当なら平民がつく職なのだ。貴族としての彼女。普通なら心が折れそうだが、彼女は水桶を持てば筋力アップだと、率先をして力仕事を行う事にした。


 年二回の入団試験。

 くじ引きにより対戦者が決まる。ならば、相手次第では勝てる。

 彼女はそう思っていた。

 だが体が小さくとも、相手は試験に通った者達。

 ということは、何かしら秀でた特技を持っているという事だ。

 幾人も、実家の道場でそういう者達を見てきたはずだが…… それに気がつかない彼女。

 自信はあった。それなのに、二回目も落ちてしまう。

 悔し涙を流しながらも、水桶を運ぶ毎日。



 そして、ある噂が聞こえる。

「王様が勇者召喚を行ったみたいだよ」

 極秘情報が城の中から流れてくる。


 そっと見に行ったとき、勇者達が訓練を受けていた。


 幾度かの訓練を経て、日本刀との違いを理解した男。日本では田中という偽名を使っていた石田 律いしだ りつはオーガのようだと噂されながらも、『剣帝』としての力を発揮していた。それは流れるような剣さばき。

 切り返しでも、剣先が円を描く。


 彼等は元々SPと言う職業であり、武道の下地があった。

 

 一緒にいた上杉 修一うえすぎ しゅういちは、賢者の称号を得たのだが、厚労省に勤める公務員だった。彼等とは顔見知りでたまたま出会ったときに召喚された。

 そして、この世界に来たときに、勝手にこの世のことわりと知識が流れ込んできた。

 水晶玉を使った鑑定で、賢者の称号を見たときに彼は完全に納得をした。


 中村 悠真ゆうまは『勇者』の称号を得た。

 元々、空手と合気道をしていたが、こっちに来て、剣術もすぐに覚えた。

 彼も、石田と同じくSPで、日本では佐藤と名乗っていた。


 そして、称号を見たとき、皆に笑われたのが鈴木と名乗っていた、長田 琴葉おさだ ことは。彼女もSPで、かなりがさつな性格。同僚である石田たちが吹きだした瞬間に、聖女であるはずの彼女から瞬速の肘打ちが放たれた。


 聖女なのに、訓練場で見る彼女の動きは圧倒的で、近寄り、手を持っただけでクルクルと回転をして、男性の兵達が転がされる。

 関節を決め体軸を狂わせバランスを壊す。

 理合いを極めし者の動き。

 少しの動作で、合気道を知らない兵達は、おもしろいように転がり投げられる。

 この世界では、無手。それも当て身が中心で、投げはあまり重視されていない。

 剣か槍。弓が、主な武器であり、非効率な近接武術は廃れかかっていた。

 そのため、混戦になると突然殴り合いが始まる。


 後は、近距離からの魔法が有効となる。

 人間の持つ魔力では、大規模魔法が撃てないというのが常識だった。



 それをのぞき見ていた彼女は、驚きを隠せない。

 自身が恐れていた兵達を、きて数日だというのに、手玉に取る者達。


 そんな中で、腕立て伏せをしようとしたまま、固まっている男の子が一人。

 聞けばあれも勇者の一人だとか。

 ただ、できなくても諦めない姿には、何か感じるものがあった。

 だけど、彼女から見ても、呆れるほどひ弱だったのだが……



「ザウアーラント。本日からこの方に付き、専属の侍女として仕事をしろ」

「はい。セレネ=ザウアーラントと申します。よろしくお願いいたします」

 侍女長ではなく、なぜか宰相が連れてきた娘。


 元々兵士を志願して、下女をやっている変わり者。

 ただ剣術や組み討ちの技術は持っている。


 それでまあ、白羽の矢が立った。


 訓練所での晩生が見せる姿は、兵達の気勢をそぐ。

 そのため、そこそこになるまでは、人前に出さずに、彼女に基礎訓練をさせようというのだ。


 晩生達からすると、テレが出るくらいかわいい子なのだが、この世界では、まあ普通。

 多分美醜の基準が少し違う。

 そのため彼女も、そっちに関しては自信が無かった。

 子どもの頃から、顔はよくないがと父親すら口にしていた。


 そして年齢も、彼女が一歳年下で、丁度良いだろうと。二人以外の所であっさりと決まる。


 まあ彼女は下女の仕事より、自由時間ができたのは嬉しかった。

 武術を教えるのはなれているし、自身の訓練にもなる。仕事があるのだが、普通なら身の回りの世話とかをしないといけないのだが、晩生は照れて、自分ですべてをしようとする。この世界、まだオマルなのだよぉ……

 一日に数回、下女さんや下男さんがもって行くんだよぉ。


 でもまあ、彼女には訓練の手伝いをしてもらうときにだけ、積極的にお願いが来る。


 そう。他意はないんだ……

 腹筋運動をするために足を押さえて貰う。

 柔軟や、組み討ち術。

 スキンシップが多い。


 彼女も、騎士の娘。

 道場には男が多く、この世界の決まり事。

 恥ずかしいなどと、考えている奴は戦場で真っ先に死ぬという事。

 そのため、その辺りを裸で歩いていても、男女ともに気にしない。


 特に彼女は、この世界の美的基準から外れている。

 そうモテるのは、食いしばるためやもりもりと食事ができるために、下顎が発達していることが最優先である。

 シュ○ルツェ○ッガーの様な…… オーガのような……


 そのため、武術以外で、異性との付き合いは無い彼女。

 妙な優しさや遠慮を見せる触れあいの中で、少し思うものが芽生える。


 かれは、嫌がらない。

 それどころか、少し胸がはだけただけで照れて謝ってくる。あれは好きな相手に出す態度? まさかね。


 長く一緒にいて、少しずつ話も始める。

 すると彼は幼い頃から力が無く、虐められていたこと。

 一対一ならまだしも必ず相手は三人で来る。

「卑怯ですわね」

 彼女も怒ってくれる。


「頑張って、強くなりましょう」

 二人の目的は同じ。

 強くなり、この国を、人の大陸を魔王から守ること。


 むぎゅ……

「あっごめん」

「気になさらず。んんっ」

 組み討ちで襟元を持つと、どうしても……

 偶然にしては、多少回数が多い気も……

 顔が多少下種な感じになり、鼻の穴が開いてしまう晩生だった。


 この世界に来て、よかったかも……

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