第三話 星屑の在り処


「これは……?」

「さてね。でも、ありふれた埃や砂じゃないことだけは確かだ」


 暦の指先で、星屑がきらめいている。

 彼女はそれを、袖の中から取り出した、小さなビニールのチャック付き袋に丁寧に移し替えた。その手際の良さには、もう何も言うまい。


「……ラメ、とか? 美術部の子が、作業着か何かについていたのを落としたとか」

「かもしれないね。でも、犯人の持ち物だったという可能性もあるじゃないか。断ずる前に可能性のひとつとして貰っておこう。いったん保留だね」


 暦は、証拠品袋を大事そうに制服のポケットにしまうと、もうすっかり興味を失くしたように、ふぁ〜、と大きなあくびをした。

 私の頭の中は、彼女が提示した情報でいっぱいだった。

 敬意ある犯人。崇拝。聖域。そして、謎の星屑。

 あまりにも、ちぐはぐだ。犯人の姿が、まるで蜃気楼のように掴めそうで掴めない。


 寮へ戻る道すがら、私は今日の出来事を反芻していた。暦の突飛な推理は、いつものことだ。気にするだけ無駄。そう自分に言い聞かせようとするけれど、あのガラスケースの前に残された、不自然なまでの「丁寧さ」が、どうしても頭から離れなかった。


 その日の夕食後だった。

 私が自室で読書に没頭していると、部屋のドアが、遠慮がちにコンコン、とノックされた。


「どうぞ」


 ドアを開けて入ってきたのは、昼間よりもさらに憔悴しきった、オカルト研究会の中村さんだった。


「中村さん。どうしたんですか、こんな時間に」

「あ、あの、葵先輩! 夜分にすみません! でも、どうしてもお伝えしないとと思って……!」

「何か分かったんですか?」

「はい! 私たちなりに、あの後、誰か変わった様子の子がいなかったか、調べてみたんです! そしたら、一人だけ……」


 中村さんは、ごくりと喉を鳴らし声を潜めて続けた。


「吹奏楽部の、小野寺さんなんですけど……」


 小野寺さん。確か、補欠の。

 昼間、聞き込みをしたわけではないが、現場にいた大勢の部員の中に、彼女がいた記憶が片隅に残っている。


「彼女がどうかしたんですか?」

「あの子、最近、何かにハマってるみたいなんです。友人から聞いたんですけど『星詠みの泉』っていう占いサイトがあって」


 星詠みの泉。

 聞いたことのない名前だった。


「そのサイトの『お告げ』が絶対なんだって、周りに言ってるらしくて……。それで、その……」

「その?」

「『浄化のお清め』だって言って、キラキラした砂みたいなのを、お守り袋に入れて持ち歩いてるらしいんです! それが、もしかしたら……!」


 キラキラした、砂。

 ―――星屑。


 私の頭の中で、バラバラだった情報が、パチリと音を立てて繋がった。


「ありがとう中村さん。このことは、まだ誰にも言わない方がいいです。偶然ということも、ありますから」


 礼を言って中村さんを帰した後、私は自室のベッドに倒れ込む。

 まさか。そんな馬鹿な。たかが占いを信じて、トロフィーを盗むなんて。あり得るのか?

 でも「敬意ある犯行」「崇拝」「聖域」……暦の言葉が、パズルのピースのように、少しずつ形を成していく。


 私は、勢いよく体を起こすと、ベッドサイドに置いたスマートフォンを掴んだ。

 検索ウィンドウに、震える指で文字を打ち込む。


『星詠みの泉』


 エンターキーを押す。一番上に、星と三日月をあしらった、少し古風で幻想的なデザインのサイトが表示された。今日の運勢や相性占いといった、よくあるメニューが並んでいる。

 だが、一番下までスクロールすると、不気味な存在感を放つものがあった。

 特別なフォントで書かれたバナー。


『――今宵、特別な星の導きに選ばれたあなたへ。特別な神託が降ります――』


 私の心臓が、早鐘を打ち始める。

 これは。

 震える指で、私はそのバナーを、タップした。

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