第8話彫刻家はノミで―作家は筆で世界を紡ぐ―自分を拘束するという解放の矛盾
気が付くと
真っ白な部屋にいた。
外から光が入り
真っ白な部屋をさらに白く浮き出している。
中央には真っ白な彫刻があった。
そこに男がノミを持ち
考え込んでいる。
この男は彫刻家なのか…
男は僕に
「君…そこでこういうポーズをしてくれ」
とポーズを注文する。
僕をあちこちからみて
「あーそうか。そういう血管か。筋肉の筋は―
らせんか―」
そう言いながら小一時間作業をする。
そうしておもむろに語りだした。
「彫刻家は石から、
形を削り出す。
政治家は人々の苦しみから、
政策を削り出す。
小説家は心から、
物語を削り出す。
真剣にその対象を観察しなければ、
その深層にある流れに気が付かなければ
真に美しい形を削り出すことはできない。
いいような形にしたところで
それは単に見せかけのものにしかならないのだ
そう私は思うのだ」
と語りかけてきた。
なるほど…
観察か――
「しかし観察した通りに書くのがいいのでしょうか」
「ふふふ。なかなか良いところに気が付いたね。
そうさ
リアリティというのは
その状況において
最大の愚策となりうる。
リアリティのない
完全なる妄想が
最大の賢策であることも多いのだ。
言葉は人を縛りつける
だから作家は自分の想いなど口にしないほうがいい
しかし
私はバッドエンドが嫌いだ。
救いのない物語が嫌いだ。
私は
私というたましいは、
私という小さなそんざいは、
小さくうずくまり誰かの助けを待っていた
救いのある物語は
私を
私という小さなそんざいを
ほんの一瞬だったとしても
明るくあざやかな世界に
導いてくれたのだ」
あーそうだった。
僕が創作をしたかった理由はそこにあった。
「世の中は
たしかに
かの国の不条理なバッドエンドのように
くるしく、かなしく、みじめで
救いようのないものなのかもしれない
しかし
現実でそんな光景をいやほどみてる者にとって
そんなものは
悲しいだけだと
私は思うんだ。
リアルでなくていい。
きれいごとだと言われてもいい。
私は
私という小さなそんざいは
それでもハッピーエンドをえがきたいんだ」
そう彫刻家は語った。
その瞬間
外からの光は消え、
辺りは静寂と漆黒に包まれた。
そうだ。
僕がいつも感じてた気持ち
それはこの気持ちだったんだ。
明るくあざやかな世界に導きたい。
それが暗い道を通るものだったとしても
最終的には明るい道を見せたい
そう思ったのだ。
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