第4話吟遊詩人は仮面をかぶるのか?それとも本心をさらけ出すのか?

吟遊詩人は僕の顔を見ながらこう言った。

「あー坊や…。坊やは自分が恥ずかしいんだね」


「どういうことですか?」


僕にはまったくわけのわからないことだった。


「ははは…ここに来るってことは。つまりそういうことなんだよ。

坊やは自分が恥ずかしいんだよ」


「自分が恥ずかしい…」


「そうさ…。自分が恥ずかしいのさー


講釈師のように

勇敢さと鈍感さを併せ持ち

広場で自己主張できる者はいいだろう。


しかし坊やのような臆病な人間は

語られなかった言葉たちが…

気持ちが…

重層的に心に魂に積み重なっていく


それはいずれ多量の毒となり

心と魂と身体をむしばむ

ちがうかい?」


まるで私の顛末を知っているかのような

口ぶりだった。


僕は吟遊詩人の言葉に飲み込まれ

身動きが取れなくなっている。


「だから私はこうやって物語をつむぐことで

体内の毒を取り出し、開放させているのだ。


それはだれかの救いになるかもしれない。

それはだれかを勇気づけるかもしれない。


しかし

一番救われるのは私なんだ」


そういうと吟遊詩人は僕の顔の前に

自らの顔を近づける。


吟遊詩人は笑顔ではあるが

目は笑っていなかった。


深い深い憂いを秘めた瞳だった。


昔見た映画の役者が同じような目をしていた。


何かを訴えるような目でもあり、

彼岸でも見ているような目でもあった。


吟遊詩人は広場の中央に走り出し。

その細く長い手を広げ

天を仰ぎ見る。


まるで天に感謝をささげる修道士のように、

物静かで…

しかし絶対的な信頼を込め


「私は私のために、心の一部から、物語を削り出している

世界にはじめからある物語を」


そう吟遊詩人は叫び―世界は漆黒に包まれた。


僕は漆黒に包まれながら

振り返る。


執筆することを僕は何度も考えた。


でも

執筆というのは、

自らをさらけ出す作業だとか

自慰行為に等しいとか

そういう言葉を聞き

自分の作品を見た時

とても

とても

恥ずかしい気持ちになった。


あーこれは僕の恥部なのかもしれない。

恥部を恥ずかしげもなく人目にさらす。

創作とはそのような行為なのかもしれない。


そう思うと

執筆が

創作が

とても恐ろしいものに見えた。


講釈師のように

広場で自己主張できる者はいいだろう。


吟遊詩人はそういっていた。


僕はSNSが苦手だった。

自分の趣味をアピールし

つながりを求める。

自分の主張を叫び。

議論をぶつけ合う。


どちらも僕にはムリだった。


そうか…。

僕には言いたいことがあったのか…。


そうか…。

言いたいことがあったのかもしれないな。


そうだ。

言いたいことがあったのだ。


そう認めた瞬間……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る