それを数えてはいけない


 セル&バイ、というフリマアプリが流行っている。それを運営する会社で、わたしは働いている。


 出品された商品が利用規約に違反していないかを監視して、これはあかん、と判断できる出品があれば停止して、利用者に説明をする。それが主な仕事だ。


 この仕事を担当するスタッフは、二〇にじゅう人ほどいる。わたしはそのうちのひとりだ。きょうもそれぞれがPCの前に居座って、雨あられと降り注ぐ出品の数々をさばいていく。


「ねぇ、これどう思う?」となりの席で仕事をする、あいなが言った。

「なになに?」

「自家製造のオリーブ化粧水」

「——まったくの個人?」

「イエス」

「アウトですね」

「はい、さよなら」


 出品がひとつ削除された。


「——あのうわさ、知ってる?」


 キーボードを叩きながら、あいなが言った。


「ん?」

「古皿の怪」

「なにそれ」

「これよ——」


 ノートPCをこちらに寄せて、あいなは画面を見せてきた。


【骨董品】永正元年 骨董皿 九枚【鑑定書付き】


 それはたったいまも出品されているものだ。


「これのなにがおかしいの?」


 一枚を一万円と計算したのか、九万円の商品だ。骨董品ならば、それくらいの値がついても不思議じゃない。


「実はこれ、一五じゅうご回も出品されてるの。買った人が全員、その後にまた出品してる感じ」

「えー、そんなことある?」

「ほれ」あいなは、にやりと笑った。「これを見ろ——」


 彼女は一五枚のスクリーンショットを順番に見せてきた。たしかにモノはおなじだ。 撮りかたに個人差はあるとして、外箱と皿の模様はまったくおなじ。それが一五枚の写真に連続して写っている。


「ぜんぶ、SOLD OUTだね」


 やはり他人ひとから他人へ——この皿は渡り歩いている。


「でさ、ここからよ。問題は」


 いつになく神妙な空気で、彼女はつづける。


「みーんな、この皿を出品して売ったあと、なにも動いてないの」

「え——。買ってもないし、売ってもないってこと?」

「事実上のアカウント停止だよ」

「……そんなことある?」

「ありよりの、ありよ。だって、あした、来るんだもん、うちに」

「なにが?」

「警察関係者が」

「まじ——」


 ひきつった顔のまま、わたしは仕事を再開した。すると、あいながさわぎはじめる——


「わ、売れた、皿。やば——」



 ・…………………………・


「いい皿に出会っちゃったなぁ」


 ゆうぞうは、スマホを片手にほんわかとした笑みを浮かべる。よわい七〇になった彼は最近、パソコンスマホ教室に通いはじめた。和室のテーブルには——すぐにわかる! ネットショッピングのいろは——というタイトルの本がある。


「えー、なに買ったのー?」


 二四歳の孫、りなが水色のアイスバーをかじりながら近づく。


「骨董品のお皿。ほら、どう?」

「——たっか」

「いいじゃないの、お金はあの世に持っていけないんだし」

「おじいちゃん、骨董品ほんとに好きだね」

「老後の楽しみだよぉ、コレクター、ってやつ?」

「ま、趣味があるのはいいことだよ」


 そこに、もうひとりの孫——じゅんが来た。高校生の彼は、怪談話が大好きだ。


「ね、じゅん」りなが言った。「おじぃ、すごいもん買った」

「なに?」メガネに触れながら、じゅんが近づく。

「これ——いいだろ?」


 ゆうぞうはスマホを見せつける。姿勢を低くして、メガネ越しに画面を凝視するじゅんの顔色が、だんだんとわるくなる。


「おじぃ。これ、ちょっとやばいかもよ? もしかして、だけど」

「え——?」ゆうぞうはスマホの画面を確認する。「割れてたり、してないと思うけどな」

「ちがう。そうじゃない。ほかの画像みして」

「ん——?」


 出品者が載せている画像を、一枚、二枚、とじゅんは確認していく。


「ほら、これ」外箱の裏側を写す画像を指して、じゅんは言った。「姫路、青山鉄山乃家財也って、うすいけど書いてある。——ぴんとこない?」

「なんだろぉ、りな、わかる?」

「わかんない」

「——お菊さん、って言えばさすがにわかるでしょ?」


 じゅんの言葉に、ゆうぞうとりなは目を合わせ——あぁ、とすこし間の抜けた声を出した。


「これ、キャンセルしたほうがいいよ」

「えぇ、もったいないなぁ」

「死んでもいいの?」

「——うーん。そうだねぇ、なんか、すっきりと買えないしなぁ」


 泣く泣く、ではあったが、ゆうぞうはキャンセルの申し出をした。しかし、寝ても覚めても返事が返ってこない。すでに発送されていたお皿は、けっきょく家に届いてしまった。受け取り評価をしても反応がない。事務所経由で、取引は完了となった。



 後日、ゆうぞうはじゅんを連れて、古物コレクターの店に向かった。いわくつきの人形だろうが、壺だろうが、なんでも買い取ってくれると評判の店だ。


「ありゃ、これはすごい」


 皿を見るや、ひげの長い店主が複雑な表情をする。うれしさと、気味のわるさを混ぜたような顔だ。


「ホンモノですね」

「え——」ゆうぞうは顔をしかめる。「やっぱり、お菊さんの?」

「だと、思います。鑑定書からしても、まちがいない」

「これをセルバイで買ったあと、出品者と連絡がとれないんですよ。もしかして、死んじゃったりしてませんよね?」


 ゆうぞうが言うと、店主はすかさず、「数えました?」と言った。


「皿をですか?」

「ええ。お菊が九まで皿を数えると、祟りで人が死んでしまう、とはよく言ったもので」

「いやぁ、数えてはないですね」

「たぶん——出品する側は心配だから箱から出して、状態を確認しますよね。割れていないか、汚れはないか。そして箱にしまうときに、枚数を確認するんじゃないか、と。九枚と書いて出品したのに、八枚しか入ってなかったら、評価が落ちますからね」


 すると、そこらへんにあった、日本女性をモチーフにした能面のうめんで顔を隠しながら、じゅんがゆっくりと口を開く——


  さて、売れたから出品しましょう

  数は合ってるかしら

  いちまーい

  にーまーい 

  さんまーい

  よんまーい


「や、やめなさい」


 背筋が冷えるのを感じて、ゆうぞうは止めた。

 すると店主は不敵な笑みを浮かべて——


「八枚までなら大丈夫ですよ」と、自信ありげに言った。







 〜それを数えてはいけない〜




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