座標1258,1,2
動画配信者のあいだで、盛り上がっている話題がある。どいつもこいつも、最近はラインクラフトというサンドボックスゲームに関する動画を上げている。
ある決まった数値の座標に行くと、「シャンシャン」とゲーム内で効果音がして、PCが熱暴走を起こし、ダウンするという。
ライクラ界隈では、都市伝説のようなものはよくあった。しかしそのどれもが、ホラー好きのクリエイターが作りあげたフィクションだ。
ライクラはなんでもできるから、恐怖の演出もやりようによっては可能だ。MODという非公式のツールを使えば、その可能性は無限になる。
しかし——今回の「シャンシャン」に関しては、公式が声明を出すほどのさわぎになっている。なぜなら、ライクラで遊んでいるだれしもが、全員が、もれなくその現象に遭遇できるからだ。
携帯ゲーム機で遊べるコンソール版でも熱暴走は起こった。手に持って遊んでいる子供が、火花を散らすゲーム機をあわてて手から放ったあげく、リビングのカーペットまで焦がす——。そのショート動画の再生数はうなぎのぼりなんてもんじゃない。
「おれも、配信者のはしくれなんで」顔出しのライブ配信で、おれは視聴者に笑顔を見せる。「きょうは、シャンシャンをぶっ倒してやろうと思いまーす」
コメントは大賑わいだ。
《いいぞ、もっとやれ》
《こげんなよ》
《炎上商法草》
《でもロムチャンネルならやってくれるキガス》
《——やべぇ、まじで楽しみ》
「今回、用意したのは、すべて最強かつ最新のパーツで組みたてた自作パソコンです。たぶん、シャンシャンがPCとかゲーム機ぶっ壊すのは、CPUとかGPUが限界超えて、悲鳴をあげちゃうからだと思う。ゲームメーカーに恨みのあるプログラマーが仕組んだ爆弾ともいわれてるけど。——まぁ、しらんし!」
《キタ、しらんし!》
《しらんしきたら、ロムは無敵》
《この知らんしのあとに数々の伝説を残したこいつなら、もしや——》
高速で流れるコメントを見ると、自然と顔がにやついてしまう。
「それじゃ、起動します!」百万を軽く超えるPCの電源を入れる。「うひょー!」
それから配信画面を二窓にして、ゲーム画面と、それを遊ぶおれの様子を全世界に放送した。
——シャン、シャン
《キタ!》
《やべぇ、どうなる》
《さいきょうPCとシャンシャンの一騎打ち》
《ロム、いけえええ》
火はクッションに引火。おれはパニクって、燃えるそれを投げてしまった。手が熱かった。火は、カーテンに引火した。それから一時間もすると、おれは燃えるアパートを道の端でぼうっと眺めていた。
消防車の鐘と、野次馬の声。オレンジ色の炎がみるみる横へ、横へ、次の住宅へ、次の住宅へと燃え移っていく様子が、おれの視界にいつまでも焼きついていった。
火災の原因は「半ば意図的なもの」という審判が下ってしまったおれには、多額の賠償金がのしかかった。自己破産は時間の問題だった。
「シャンシャンの謎が解けました」
漫画喫茶で、ある動画を見つけた。
メンタリスト系の、けっこう有名な配信者が、うすい画面に映る。
「1258,1,2というのは、
その配信者は、人差し指を立てた。
これからすごいことを言うぞ、という顔だ。
「あの、だれもが知っている大惨事、○ムチャンネルが例の配信をした日。二〇二四年の八月一〇日は、現代における天火日だったのです! みなさ〜ん、いくら最強PCを持っていたとしても、危ないことは避けましょう〜! あ、あとこの動画が投稿される日も天火日ですんで、気をつけて!」
モニターのボタンを押して画面をオフにした。観たいわけがない。こんな動画。人の不幸を笑いやがって。
しかし、やらなければならないことがある。おれはもう一度画面を点けた。インストールが終わったライクラを起動する。
例の座標、その一歩手前までキャラを進める。リュックから油の入ったペットボトルを取り出す。タオルにそれを染みこませて、デスクトップPCに被せる。
「シャン、シャン」
おれは言って、キャラを一歩だけ、歩かせた。
〜座標1258,1,2〜
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