第31話 VSイリュージョン・スライム

   ▽第三十一話 VSイリュージョン・スライム


 いよいよ第十階層に辿り着いた。

 っても、このダンジョンは迷路状になっているだけで、敵はドッペルゲンガーくらいしか存在しない。

 迷路にせよ、事前にゲーム時代の攻略wikiを読み込んできた。迷わない。


 敵はルキウスで皆殺しにできた。


 お陰でドッペルゲンガーの素材はタンマリだ。

 何十回と【リアニメイト】できる弾は用意できた。これでいつかルキウスの死体がダメになっても、ルキウスの見た目をコピーしたドッペルゲンガーを用意できる。


 使役したドッペルゲンガーは弱いんだがな。


 基本、ドッペルゲンガーは自然発生時、もっとも近くにいる生物をコピーする。

 一方、後天的に使役したドッペルゲンガーが真似られるのは見た目だけである。戦闘スペックなどはほとんど期待しないほうがよろしい。


 むしろ、変身できるだけすげえか。


 言うなれば、「鳥とかの刷り込み習性」を後から上書きしているようなもんだ。普通はそんなことできねえからな。


「ま、楽にレベリングできて何よりだ。相性の良い場所を選ぶのは必須だがな」

「今のレベルをお伺いしても?」

「今はちょうど20になった。新スキルもふたつ手に入った」


 言ってステーキにナイフを入れる。

 フォークを使って口へと肉を運ぶ。中々に上等な肉みたいだが、調理器具が調理器具なだけにやや硬い。


 俺の後ろに控えているミンが、深く頭を下げた気配がした。


「わたくしのレベルも上昇しております、ありがたき幸せです」

「スキル取得については、追々だけどなあ。【白魔道士】は型が多すぎる。所持できるアイテムや誰と組むかで構成を変えなきゃなんねえ」

「すべて我が君にお委ねいたします。ご随意に」


 さて。

 俺はミンが用意してくれた茶と食事とを平らげた。紙ナプキンで口元を拭う。使い終わったものは床に捨てる。勝手にダンジョンが消滅させてくれるからだ。


 ここは第十階層。


 この【惑いの洞穴】の最終階層である。この階層はボス階層なので、ボス部屋とその前の大広間しかない。


 その大広間での食事だった。

 広間とは名ばかりの、ただ広い洞窟空間なんだがな。

 終了後、部屋の隅っこで用を足す。現実なので「こういう」こともやらねばならない。なお、排泄物などはすぐにダンジョンが吸収してくれるご都合だ。


「準備は万端だ」


 ポーションで手を洗い、俺は呼び出した11体のスケルトンたちに扉を開けさせる。二メートルほどもある重厚な扉だ。

 ゆっくりと扉が開いていく。


 ミンがぎゅっ、と杖を握り締める。

 俺のほうもインベントリから仕込み杖を抜き放ってある。左手にはいつでも使えるように雷属性の魔石を握り込んでいる。


「第十階層ボス……イリュージョン・スライム戦としゃれこもうや」


       ▽

 扉の向こうにいたのは、大岩サイズの半透明スライムであった。そのスライムは俺たちが室内に一歩を踏み入れた途端、その姿を変更させた。

 スライムの肉体が蠢いた。

 かと思えば、スライムの中央付近からドラゴンの顔面が生えた。


「インベントリ全解放」


 俺はインベントリから大量のゴブリンの死体を取り出した。すかさず杖を振るった。死色の魔法陣が禍々しく、ダンジョンの床に展開される。


「――【死体障壁コープス・ウォール】」


 大量の【死魂】も注ぎ込んだ【死体障壁】を展開した。

 俺たちの前に聳え立つ死体の壁。

 グロテスクな見た目にミンが吐き気を堪えている。俺もだ。死体の壁にはゴブリンの顔や手足、その他の臓物などが雑に浮かび上がっている。


 趣味の悪い錦玉羹みたいだ。


 イリュージョン・スライムが放ってきたのはドラゴン・ブレスだった。

 とはいえ、イリュージョン・スライムのレベルは25と大したことがない。おそらく、ドラゴン・ブレスを放ってくる敵の中で最弱だ。


 俺の全力防御にて、どうにかブレスを受け止める。

 凄まじい熱風。

 ジリジリ、と死体の壁が破壊されていく。壁が徐々に歪んでいく。本当にギリギリのラインでブレスが止んだ。


「ちっ、最弱のドラゴン・ブレスでも一回しか止められねえな」


 俺の悪趣味錦玉羹は、すでに融解して役に立たない。

 今の一撃を防ぐために【死魂】を50も消費した。もうあと100くらいしか残っていない。そもそも死体のストックがもうない。


 次は防げない。


 が、次は撃たさなければ良いだけである。


「いけ、ルキウス」


 ルキウスが駆け出す。

 そのルキウスにミンが補助魔法を掛けていく。すでに劇毒ドーピングは投与済みだ。それらで急加速したルキウスが、生前ではできなかったであろう近接攻撃を仕掛ける。


 剣が青く輝く。


『――【一刀斬歌いっとうざんか】』


 あれは【剣聖】のスキルだった。

 剣速を急加速させた上で、特殊な振るい方によって発生した音が斬撃の威力を上昇させる、みたいな理屈が不明な技だった。


 ルキウスが所持している、数少ない近接アクティブスキルでもある。


 その威力はかなりのもの。

 スライムの肉体が一撃で半ばまで両断されていた。


「――【死砲デス・カノン】!」

「【聖弾ホーリー・バレット】」


 俺とミンの攻撃魔法も遅れて炸裂した。

 続けてスケルトンたちの銃弾も突き刺さる。これによってイリュージョン・スライムのHPを半分まで削ることに成功した。


「形態変化くるぞ」

「っ! 【ホワイト・ベール】」


 白魔法のひとつ。

 白いベールのような障壁を生み出す魔法だった。それが俺とミンの前方を守護する。


 イリュージョン・スライムが肉体を変化させた。

 スライムの肉体はそのまま、その背中にドラゴンの翼と尻尾とが生えだしたのだ。直後に【咆吼】が放たれた。


 これが直撃すれば、ステータスが低い者(俺とミンだ)は行動不能に陥る。


 しかしながら、事前に張っておいた【ホワイト・ベール】で無効化できている。

 ルキウスは生物ではないので【咆吼】が効かない。気にした風もなく、形態変化を待つ情緒もなく【天剣】を撃ち込んでいる。


『ぐあああああああああああああああああああああおん!』


 イリュージョン・スライムが尻尾にてルキウスをはね飛ばす。模倣しているだけとはいえ、その物理攻撃能力はドラゴンにも迫りうる。

 ルキウスの肉体では耐えられるはずもなく。


 ルキウスの肉体が木っ端微塵となって消え失せる――刹那。

 ――俺の詠唱が完了している。


死体爆破コープス・エクスプロージョン


 ルキウスの死体が膨らんで爆発した。

 イリュージョン・スライムが堪らぬ、とでも言うように後退した時だった。俺は全力で大地を蹴り付けていた。


 仕込み杖に【雷属性】をエンチャントする。

 左手の中で魔石が砕けていく感触。それを置き去りにして、俺は次の魔法を唱えていた。これは先程の戦闘で手に入れた新スキル。


「【死剣陣デスソード・サークル】、展開」


 魔法陣がスライムの眼前に展開される。

 陣の向きは、さながら俺とスライムとを隔てる壁の如く。

 この【死剣陣デスソード・サークル】の効果は「死属性・斬撃属性の魔法を放つための陣を生み出す」というものだ。


 あとは、術者たる俺が魔法陣を攻撃することにより、その魔法陣から敵へ向けて「斬撃属性の死魔法」が放たれる、ってわけだな。


「――【スラッシュ】」


【剣士】のスキルも付与して斬り付けた。


 ただし――【魔法陣】ごと、だ。

 これによって『斬撃の威力を二倍に変える』という【スラッシュ】が、なんと【エンチャント】だけではなく【死剣陣】の斬撃にまで適応されるのだ。


 つまり「通常の斬撃」「雷属性のエンチャント」「死剣陣の斬撃魔法」のすべてが同時に二倍化して放たれたことになる。

 これが瞬間火力最強の所以。

 イリュージョン・スライムが斬撃によって消滅した。


 腕が痺れる。

 我ながら馬鹿げた火力だった。純前衛火力職だったルキウスのアクティブアーツよりも、よほど高火力な一撃だった、と言えば火力の規模感が解るだろう。


 まあ【剣聖】の火力って前衛の中では高くないんだけどな。

 あれは数で戦うジョブだ。


 それにデメリットも大きい。

 MP消費がえげつない。【エンチャント】も【死剣陣】もかなりのMPを使うし、そもそも魔石と死魂を確定で消費するのでリソース管理が難しい。


 あと【スラッシュ】もMP消費+剣への負担がある。


「ロマン構成って言われるだけはあるわな」

「お見事でした、我が君」

「おう」


 ぱちぱち、とすかさず褒め体勢に入るミン。

 幼くとも見目の良い異性に褒められるのは、なんだか嬉しくなっちまうな。我ながら簡単なことで嫌になるぜ。


 俺たちの前には死体が転がっている。

 それを【リアニメイト】で生き返らせた。これで失ったルキウスを補填……どころか戦力強化することに成功した。


「これが【死霊術士】の醍醐味のひとつだよなあ」


 強敵も倒せば即味方。

 マジで嬉しいし面白い。やってやった、って気がするよな。

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