第35話「告白ごっこ」


 放課後の喫茶店は、まだほんのりと夏の匂いが残っていた。


 裏のテラス席に腰かけて、沙良は冷たい麦茶をちびちびと飲んでいた。

 セミの声はすっかり少なくなり、かわりに虫の声が耳に届く。


 「ねぇ、沙良ちゃん」


 隣であぐらをかいた双葉が、急に顔を覗き込んできた。


 「好きな人、できた?」


 沙良は思わず、麦茶を吹きそうになった。


 「えっ……え、な、なんでそんなこと……」


 「なんとなく。最近、ぼーっとしてるし、顔赤くなるし。怪しいな〜って」


 そう言ってにやにや笑う双葉に、沙良は俯いて耳まで赤くなる。

 図星だったから、否定もできなかった。


 「……で? いるの?」


 「……え、あ、その……」

 言葉が詰まる。どうしても“はい”と答えるのがこわかった。


 「ふーん。じゃあさ――“告白ごっこ”しようよ!」


 「こ、告白ごっこ……?」


 「うん。もし相手に気持ちを伝えるとしたら、どうやって言うか。練習。仮想。ゲーム!」


 あまりに軽い口調に、沙良は戸惑った。けれど、どこかで“言ってみたい”と思っていたのも事実だった。


 「じゃあ、私が相手役やるね。どうぞ!」


 双葉が急に背筋を伸ばして沙良に向き直る。


 「えっ、ま、まって……」


 「ほら、練習練習。さぁ、沙良さん、どうぞ〜」


 沙良はごくりと喉を鳴らし、膝の上で手をぎゅっと握りしめた。


 「……あの……」


 声がかすれる。けれど、それでも言ってみたくて、息を吸った。


 「好きです。……あの、ずっと前から……」


 双葉が一瞬だけ驚いた顔をする。けれどすぐに笑顔に戻った。


 「わぁ、それ、わたしが照れるやつ……!」


 沙良は思わず下を向いてしまった。心臓が痛いくらいにどきどきしている。

 今の言葉が、あまりに本音に近かったから――。


 「沙良ちゃんって、ほんとにその人のこと好きなんだね」


 「……うん」


 ぽつりとこぼしたその返事に、双葉はふと目を細めた。


 「その人って、先輩だったりする?」


 「っ……!」


 沙良は否定も肯定もできず、曖昧な笑顔を返すしかなかった。


 風がひとつ、通り抜ける。


 「……もしその人にちゃんと伝えられたら、本物になるのにね」


 双葉のその言葉が、沙良の胸にふわりと残った。


 “好きです。ずっと前から”


 その言葉が、遊びじゃなくなる日を――沙良は少しだけ、願っていた。



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