第17話「恋人になった日」

 朝の通学路。

 蝉の声がにぎやかに耳に届く。夏の光が、まだ涼しげな風のなかで揺れていた。


 沙良は制服のリボンを気にしながら、家の門を出る。

 家の角を曲がると、いつものように、いや、少しだけ早く、双葉が待っていた。


「おはよ、沙良」

「……おはよう」


 昨日、手をつないだ。

 想いを伝え合った。

 だけど「今日」からは、何が変わるんだろう。


 それがわからなくて、沙良は少しだけ目を伏せた。


 そんな空気を察してか、双葉は笑いながら言った。


「なんか、緊張してない? 沙良らしいけど」

「……ちょっとだけ、昨日のこと、夢みたいで」


「夢じゃないよ。ほら」


 双葉は、自分のリュックのストラップを少しだけ引っ張る。

 そこに、沙良が昨日くれた小さなチャームがついていた。


「つけてくれてる……」

「うん。だって、大事な“思い出の証拠”だからね」


 そう言って微笑む顔が、いつもよりやわらかく見えて――沙良の胸は少しあたたかくなった。


 


 学校に着くと、双葉は友達に声をかけられ、いつもの明るい雰囲気に戻っていった。

 沙良は自分の席につき、机の上のノートをぼんやりと見つめる。


 「変わったようで、変わらない」

 でも、内心はいつもと全然違っていた。


 授業中も、ふと横を見ると双葉の横顔が気になって仕方ない。

 何度も目が合いそうになって、そのたびにそらしてしまう。


 


 休み時間、双葉が沙良の席にそっと近づいてきた。


「ねえ、今日も放課後、ちょっとだけ時間ある?」

「……うん」


 それだけなのに、胸がどくんと鳴る。


 


 放課後。

 並んで歩く道は、昨日と同じはずなのに、何かが違って見えた。


 風の音、鳥の声、空の色――全部、ふたりだけのものに思える。


 信号待ちのとき、双葉がちらりと横を向いて、言った。


「ねえ、今日から、わたしたち……“恋人”ってことでいいのかな?」


 冗談っぽく言った言葉に、沙良はドキリとした。

 でも、少し間を置いて、恥ずかしそうに小さくうなずいた。


「……うん。恋人、だと思う」

「わあ……言ったね?」


 双葉は笑って、でもどこかうれしそうに目を細めた。


 そのとき、沙良はそっと、双葉の手をとった。

 自分から、手を伸ばしたのは――初めてだった。


 双葉が驚いて、それから笑って、手をぎゅっと握り返してくれた。


「じゃあ、今日が“記念日”だね」

「……うん。わたしたちの、記念日」


 夕方の光が、ふたりの手をやさしく照らしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る