第48話 王権神授説

「銀河健蔵は許さない……」

 しおりが言いかけた時……、

 キキーッ!

 と車が急ブレーキを踏んだ。

 バタン!バタン!と扉が開いて、

 ゴオオーッ!という音と共に「着きました」と黒服が言う。

 言われるがままに全員が降車した。

 住宅街の只中にある小学校の前で降ろされた。

 そこで静香を待つこと数分間。

 静香は、教諭に連れられてすぐに校門まで来た。

――静香。

 黒服は「学校の方、すみません。すぐ済みます」と言う。

 教諭は「寄付者の銀河様からわざわざご連絡をくださり、お手数をお掛け致しました」と馬鹿に低姿勢だ。

 弱竹は、仮にも学校だろう、なぜヤクザに頭を下げるのだろうかと思った。

――闇が深いな。銀河ファミリーの息のかかった大人がそこかしこにいるのだろうか? この教諭は静香の監視役なのだろうか? 銀河健蔵が「今の姿」と言っていたけど、生活レベルで監視しているのか? ……なんだろうな?

 静香は「島貫か? ……何しに」と言いかけて、島貫は遮るように「いい気になるな」と言葉を返す。

――謝れよ。

 静香は「何か用か?」と言って視線を落とした。

「……くたばれ!」

――島貫、謝れ!

 静香は下を向いたまま目を尖らせた。

 島貫は恫喝するように「……お前……いなくなれ!」と吐き捨てる。

――話が違うだろ!

「へっ……! あのときは悪かった! ……大っ嫌いだぜ!」

――ふざけんな!

 静香は顔を上げて「強い者が勝ち、勝った者が祝福される。祝福されてやまない者が強くありたい者に安寧を約束する! ……私は『王』に出会ったのだ! 卓球の神様が選んだ王に!」と叫ぶ。

――は?

 弱竹は「静香! 忘れたんか! 弱竹かぐやじゃ! やられたら負けじゃ! それだけじゃ! わかったんか!」と叫ぶ。

 静香は弱竹を見ると、目を見開いて微笑んだ。

「かぐや、また会えたな。かぐやの事は覚えているぞ。私は仲間を作る事が出来なかった、かと言って最強というわけでもない。そんな私の為に卓球の神様は王をこしらえていた」

――王ってなんだ?

「今度こそ仲間が出来たんか?」

「ああ、そうだ」

「ならええけえ」

――誰か心の支えが見つかったのだろうか?

 静香は笑いながら、教諭に連れられて校舎に戻って行った。

 「静香に謝ってほしかった!」と言うしおりに煽られて、島貫は吠えた――「誰だって負けたくないぜ!」とまるで去っていく静香に聞かせるように――そして、「村木は最強になればいいだろ! 無理だけどな!」と投げやりに言い、弱竹には「お前は出しゃばるな」と忠告して、帰りの車に乗り込んだ。

 やむを得ず五人も車に乗って帰る。

 全員が乗り込むと車は発進した。

 重々しい空気が車内を覆って、皆は黙って、家に帰れる瞬間を辛抱強く待った。

 弱竹がしおりの横顔を見ると、しおりは首を傾げて大人しくしていた。

 拉致された五人はさくらフリースクールの前で降ろされた。

 一人ずつ丁寧に。

――拉致は犯罪だぞ。

 弱竹は走り去っていく黒のワンボックスカーを睨みつける。

――もうこんな目に遭いたくない。

 しおりは「鬼里火がいてくれてよかった。奥井さんの所へ行こう。一刻も早く、強くなりたくなった」と言う。

 鬼里火は珍しく笑った。綻んだような笑みでしおりを見た――「皆はどうする? ……私は、奥井さんの所へ行くぞ」と言った。

 弱竹は「行く。しおりが父さんに頼むけぇ、奥井さんに連絡とってもろうて、五人であがりこむけん」と言った。

 するとフリースクールの玄関から先生が血相を変えて出て来た。慌てた様子で駆け寄って来る――「よかった! 帰って来られたのね! 『銀河ファミリー』という所から連絡が入った時は意味が分からなかったけれど、すぐに区役所からも連絡があって。弱竹さん達を『怖い人達』が捕まえて半日預かるって聞かされたの! 心配で仕方が無かったわ。今日のお昼のお弁当を取っておいてあるわ!」

――区役所にグルの職員がいるのか。

 「区役所の人で繋がりのある人がいるのかしらね。警察に言おうか悩んだけれど、『無事帰れるからそれは絶対に止めろ』って脅かされてしまって」

――社会の闇だな。

 しおりは「先生。卓球をやりたいです」と言う。

――それはわかる。

「村木さん、卓球やりたくなっちゃったんだ! でも、お弁当は食べましょうね!」

「つくしに会いたい」

――え?

「ここに来る時の面談で相談してくれた反町さんね。そうね、その子も心配していると思うわ」

 弱竹は「なんでなんね?」と尋ねる。

「強くなって強い人と渡り合うことに憧れた日を思い出した。私はもう一回つくしに会う」

――全ての人がそうではないよ。

「誰かに勝ちたい、誰かのために負けられない、憎い、疎ましい。そんなことを思っているのが嫌になって一番強くなりたかった。でも強くなればなるほど、ライバルは忖度なく自分の在り方を見せてくる。思えば、美香もつくしもそうだった」

――それがもう嫌ではないのか。

 弱竹は「それがしおりにとって『渡り合う』ということなんかね?」と言う。

――しおりがそう思うのならついて行くよ。

 しおりは「そうだよ」と言った。

――さようなら、静香。

 弱竹は思わずしおりに言った――「卓球じゃないとこで、ウチと出会うても、友だちになっとったよな」と胸の奥から言葉が出た――自分でもやっとわかった。静香の話す「卓球の神様」はある種の呪いだと、他でもない静香にかけられた呪いだと思った。

 しおりは弱竹を見ると、まるで心の中で氷が解けたような顔をした。

「ありがとう」

「ありがとうなんね……せやね」

「卓球で芽生えた友情は、それはいつか本物なのだね」

「ウチもそう思う。鬼里火もじゃ。全ての人がそうではないけぇ。つくしは知らん」

 そして先生に連れられて、いつものフリースクールで昼食のお弁当を食べた。運動の時間は、その後すぐに終了時刻を迎えた。昼食後の五人は帰りのミーティングだけ出た。

 それからは大きな出来事もないまま時が過ぎ、皆はしおりの案内で奥井卓球教室を訪れた。奥井は二か月ぶりの再会を心から喜び、鬼里火も、初対面の三人も温かく迎えた。こうしてしおり達は、毎週土曜日に奥井卓球教室で特訓を受けることになった。

 弱竹は、剣山姉妹の情報を頼りに奥井の人物像をイメージしていたから、奥井の人懐っこさに面食らった。

 奥井は、現役時代に「北関東三羽がらす」と呼ばれる有名選手だった事を、しおりから問いただされると、「あらま!どこで聞いたの?」とおちゃらけた。それでも、しおりが奥井のもとを離れてから二カ月間に起きた事を丁寧に聴き取って、「卓球を続けていたんだね」と優しい口調でフォローした。しおりは銀河健蔵に会った事も伝えた。奥井は「アイツか……あれは悪いヤツだ」と妙に濁した。

 弱竹が「ウチらの生命に関わるから」と言って詳細な説明を求めると、奥井は「銀河健蔵は、三十年前の日本卓球界で“二番手”と呼ばれた名選手だよ。実家が極道であるが故に代表入りはほぼ絶望。強化合宿にも呼ばれず、それでも主要大会には出て、剣山一郎にことごとく敗れた。成績自体は、全日本で準優勝三回、ベスト4が五回。腕は本物だけどね」と説明した。

 奥井は「特訓もいいけど気晴らしにまたどこかへ遊びに行ったら?」と呑気な事を言うのだった。

 弱竹は初対面だったから「なんやこの大人は、ふざけちょる」と思ったものの、何か銀河健蔵の人となりを薄っすら知っている気がした。

 弱竹は「冗談はやめてつかぁさい」と言って、奥井の世話になる事にした。

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