第24話 狼と太陽の使者

 つくしは、壁際で体育座りの静香の所へ行き、

「静香。三勝おめでとう」

と話しかけた。

 静香は、朗らかな表情だった。静香から話しかけようか悩んだとか、つくしが二連勝出来て良かったとか話した。今日、これまでの侍のような印象とは違って、友達の感じがした。三勝して険がとれたのだろうか。

 静香は、私物のリュックサックに水筒をしまうと、

「しおりはどうしたんだ?」

と尋ねた。この質問は二度目だ。一度目は、いつぞやの児童遊園。

 つくしは、もみのきカップの後で身の回りで起きた事を丁寧に説明した。

 静香は、最初は驚いて聴いていたが、

「つくしが牙を剥いたのが、後から後から心の黒い染みになったんだろうな。『最強を目指す』とはしおりの心境そのものだと思うぞ、見ていると分かるがしおりは傍若無人だからな」

と冷静に分析した。

「次の試合、勝てよ。私は、あの試合の勝者とだ」

 静香はそう言って、卓球台を指さした。福山対東空はもう一つの二勝対決だ。勝った方が三勝に名乗りを上げる。

 静香は立ち上がると、

「負けた方がお前と当たるかもしれないし、行くぞ」

と言って、卓球台の周りに戻ろうとする。確かに、つくしも観戦したいと思った。

「あの日、児童遊園で言われて思ったのだ。卓球の神様が平等に人を卓球台に集めていたとしても、抜きんでた者は苦悩があっていいのだと。卓球台に集まった人達の事で、悩んでいて偉いねと、自分自身に言ってあげられたらいいのだと思えた」

 つくしは、いつになく口数の多い静香の話を聞いて思った、しおりとは、こうやって価値観を分け合った事が無かったかもしれなかった。強いて言うなら、最後のあの別れの瞬間に一方的に押し付け合った。

「四回戦で当たるかもしれない選手のうち、清水、福山以外、つくしの敵じゃない。つくしは強い」

「待て、東空はなんで省いた?」

「東空は勝つ」

「本当か?」

 向かった先の卓球台では、まさにその試合が繰り広げられていた。

 ピンク色のジャージに身を包んだ福山は、ここまで悠然とした態度で審査を受け、最終審査も二連勝だ。一回戦で松岡に完勝した左右のカーブドライブと高い敏捷性、反射神経が、卓越したカットマンである東空に通用するか、どうかという一戦だ。

 「チェンジサーブ、エイト、スリー(八対三)」

 東空のサーブ。

 福山は東空のサーブを待っている。カットマンのテンポが性に合わないのだろう、「早くしろ」と顔に書いてある。

 東空は、下回転から組み立てる。

 福山は、かなり強引にカーブドライブを打ち込む。ミドルは左右両方のカーブドライブを打てる。ロングもライジングを強打して高速で打ち込んでくる。

 東空は床すれすれにラケットを水平に寝かせて、野球のアンダースローのような低さで下回転を打ち返す。

 どれほど強い選手であろうと、ミスの確率はゼロにはならない。その小さな揺らぎを信じ、黙々とサイコロを振り続ける。それが、カットマンの原点だ。

「ネット、セカンドサーブ、ナイン、スリー(九対三)」

 福山は、タオルで時間を止める。

 静香は、

「福山は恐らく、メンタルの歯車が一致しない。対カットマンに典型的な試合だ」

と言った。

 福山は確かに闘志が空回っている。集中できていない様にも見える。

「……兎が」

 福山はそう呟くと、険しい顔で再開を要求した。

 東空は下回転サーブ一択だ。

 福山は、やはり強引に打ち返した。

 東空はロビングに徹する。

「ネット、チェンジサーブ、スリー、テン(三対十)、マッチポイント」

 東空は、揺るぎない構えでサーブを待つ。

 福山のサーブは下回転のロング、コースはミドルだ。下回転にしては速いロングサーブ。福山はラケットをチョップするように上から下に振り下ろして放った。その凶暴なデモンストレーションのような振る舞いは、鬼気迫るものがある。

 東空は、ロングサーブのレシーブは低い弾道で返し、フォア側かバック側の隅を狙って打つ。

 福山はカーブドライブで打ち返すが、そこからは先刻と同様に、東空が床すれすれのカットで台上に返球して、ミスを誘う展開だ。

 福山は、

「私は強い……兎が……噛み殺してやる」

と言うと、直ぐに口を閉じて険しい表情に戻った。

 東空は、

「平常心……平常心……」

と言いながら、カットに徹する。

 東空は、この、ある種残酷な反復作業をひたむきにやり続ける。

 福山も、スマッシュを放つが、東空が一歩早く待ち構えていて、拾われてしまう。

 静香は、

「東空は相当にクレバーなタイプだ。相手をよく観察しているし、試合中の学習能力も高い」

と言う。

 東空の初動の早さは反射神経では説明できない、確実に予測が働いている。カーブドライブに対して、予備動作の段階でコースを峻別している。またフォアで床スレスレにラケットを振る際、右脚に体重を乗せ、それを左足に映さず、垂直に体重を支えたまま打つ。この基本的な動作が、見ていて強烈な既視感を覚える程に安定している。

「セット、スリー、イレブン(三対十一)、東空さん」

 東空は、「サァーッ!」と掛け声を上げた。

 福山は惨敗。

 東空は、

「兎じゃないぞ~!」

と言う。

 福山は、東空をジッと見てから、

「……結果には従う。あんたは強い」

と言う。

 東空はニコッと笑って、

「卓球だから大丈夫~!」

と言う。

「……兎でないならなんだ?」

「夜明け前の東の空!我こそは太陽の使者!」

「勝てばなんとでも言える。やはり好かん」

 福山は、小さく頷くと、東空に背を向けて、卓球台を離れて行った。


四回戦

東空 〇〇〇 対 神道 〇〇〇

清水 〇〇● 対 反町 ●〇〇

福山 〇〇● 対 室谷 〇●〇

黒井 〇●〇 対 松岡 ●〇〇

仁科 ●●〇 対 近藤 〇●●

吉田 ●〇● 対 飯田 ●〇●

斎田 〇●● 対 鈴木 ●●〇

佐藤 ●●● 対 田中 ●●●

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