第10話 初陣を飾れ

 もみのきカップは、カブ女子だけで二十八名が参加した。県内オープンのJETS杯が六十名規模だった事を考えると、市民大会でまずまずの集まりだった。ことりの所属する中嶋卓球会からの出場選手が多かった。一発勝負のトーナメントで、四名のシード選手が過去の大会成績を加味して事前に選ばれていた。静香、美香、ことり、あと一名は仁科という子だった。試合は、十一点制・デュース有の三ゲームマッチ。

 しおりとつくしが受付を済ませている間、応援の鬼里火は優子と一緒に試合会場の片隅にいた。もみのきカップは選手の近くで観戦が許されていた。達哉、清恵と大悟も見に来ていた。

 清恵は、

「藤間さんの娘が来ているわね」

と言って、美香を指さした。

――お母さん……。マイペースだなあ……。

 清恵は、美香を見るのが嫌では無い様子だった。十二年前に藤間を、交際相手に選ばなくてよかったと言う割には、藤間に遭遇するかもしれないと分かっているもみのきカップに、平気で応援に来てくれたと、しおりは思った。今頃になって藤間が、精神障がいの症状で清恵を好きになった事を、達哉からどの程度知らされているのか不明だった。

 しおりは、その辺りの心配だけでなく大会前の緊張もあったが、シェイクハンドのラケットを握ると肩の力が抜けてリラックス出来た。けれどライバル達と話しがしたいとは思わなかった。格上の静香、因縁の美香、トラッシュトークのことり。自分の一回戦に集中したい。余計な刺激を受けたくない。挨拶さえしなかった。開会式前の練習では、つくしとラリーをした。つくしも、緊張しているのか口数は皆無だった。

 達哉は、

「初陣を飾れ」

と喝を入れて、しおりを一回戦に送り出した。

――勝つぞ……!

 しおりが、試合会場の空気に飲まれる事はなかった。闘志が勝った。ストレート完封勝ちで一回戦を突破した。対戦相手は、強い子と当たっちゃったと悔しがっていた。しおりは、必殺技のキレがいつもより冴えている事を確認し、出来れば美香を、もしかしたら静香を、討ち取るなら今日がうってつけだと確信した。

――次の試合……!

 そして二回戦の相手がことりだった。絶対に負けられない一戦だ。九月の交流会では辛酸を舐めたしおり。一回戦シードに選出されたことりのサーブサイドで始まった試合は、開始早々、下馬評を大きく覆した。

「チェンジサーブ、ラブ、フォー(ゼロ対四)」

 開幕から四連続失点のことりは、サーブを打とうとする手が止まった。

 ことりは、タオル、と言って試合を止め、タオルで顔を拭った。

 しおりの顔をじっと見て、

「強くなったわね」

と言う。

 再びサーブを打とうとすることりだったが、サーブを待つ間のしおりが、小刻みに上下動をしているのを気にして、明らかに動揺していた。

 満を持して、ことりは、下回転サーブを深めに打つ。

 しおりは、華麗に振りかぶると、完璧なタイミングでフルスイングしたフォアハンドのラケットが、バウンドの頂点で破裂音を奏でた。

「フレイムバレット!」

 ピンポン玉は目を疑うようなドライブ回転でネットをギリギリで越えて、卓球台に着弾すると弾けて飛んで行った。その弾道の低さも、打球速度の速さも、ことりの反応を許さなかった。ことりは完全に封じられていた。

「セカンドサーブ、ラブ、ファイブ(ゼロ対五)」

 ことりは、これしきで諦めるような選手ではない。ただサーブを待つしおりの挙動が気になっている様子だ。そして、今度は逆方向の鋭い角度を狙ってサーブを打った。横回転の奇襲と思われた。

 しおりは上手く反応して卓球台の下でラケットを巧みに操る。バックハンドで打つと、山なりの軌道で返球した。ことりからは回転の見えない位置で横回転をかけた為、ことりはバウンドを読み違えた様子で、空振り、失点をした。横回転に横回転をかけ返す、精度の高い技だ。

「チェンジサーブ、シックス、ラブ(六対ゼロ)」

 しおりのサーブサイドになると、しおりはデスローテートメテオを打つ。フレイムバレットといいピンポン玉が速すぎて、ことりは全く手が出ない様子。しおりは、もはやトラッシュトークなど通用するはずのない猛者に化けた。  

 ことりの表情から惨敗を意識していることが伺えた。

――このまま終わらせる……!さらば……ことり……!

 しおりは第一セットを完封する。

 第二セットの終盤。

 「第三の技」

 ことりは呟いた。最後、目をつぶって、少し間を置いてからグッと息を飲んで、下回転サーブを打った。このサーブが、思いがけずネットに引っかかってしまい、ことりは敗れた。シード選手にして、まさかのストレート完封負けだ。

 九月の交流会で試合後にしおりを一瞥もしなかったことりは、今度は丁寧に、挨拶からきちんとやった。二、三、言葉も交わした。中嶋卓球会のエースらしからぬ初戦敗退の悔しさを訴えるよりも、むしろ、ことりはしおりの第三の技を推理しているような言動だった。

「小刻みに上下動するのはなんだろう?……見ていてすごく嫌な予感がするの!」

 知略家のプライドまでは挫かれていなかった。

――次、勝てば準決勝……!

 しおりは、順調に勝ち進んでいく。準決勝に進出するまでの三試合で取られた得点はゼロ点。ストレート完封勝ちを三試合連続だった。デスローテートメテオはネットを越えてツーバウンドするのに十分な回転数を、フレイムバレットはネットを越えてから大きく落ち卓球台の上に返球されるのに十分な回転数を、前提としたうえで、それぞれがスピードを極限まで追求した必殺技だ。誰も今日のしおりを止める事が出来そうにない。

 つくしもシード選手・仁科を撃破し、勝ち進んだ。しおりの特訓相手だけあって強く、上級生(四年生)を含め打倒していった。

 昼休憩の前にカブ女子はベスト四が出そろった。

 準決勝① 村木しおり 対 反町つくし

 準決勝② 神道静香 対 藤間美香

 ただ、昨日まで「しおりを優勝させる」と鬼里火と一緒に意気込んでいたつくしは、異様に寡黙だった。同門対決でナーバスになっているのだろうか。

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