第28話 西日

 作業がノリにノッて、それから、隠しごとの減った南さんとの写真談義が楽しくて、羽目を外した。

 日を越すのはあっというまだった。

 二人して講義までサボって(それぞれに不要の理由をこじつけた)、昼過ぎになってようやく、体力のある俺が振り回していたことに気づいて平謝りしたら、南さんは手を振って「わたし、体力には自信があるの」と自慢げに微笑んだ。実際、体力ありすぎだと思う。日頃から鍛えてる俺と違って、南さんの見た目からは想像がつかないほどに。シャワーで流しただけの疲れはまったく見えなくて、ホントに昨日は灼熱の海に行ったのか、疑わしい。同時に、チャンスを逃さない写真家の執念を垣間見た気もした。

 直接的な言葉ではなにも教えてくれなくても、そういうふうに、南さんは写真家だった。

 俺にとって、それはもう得るものの多い時間で。


「……まちだ」

 日が傾きかけて、さすがにヘトヘトになって――というかサークル室をこれ以上に占領するのも悪いってなって。講義終わりの学生に紛れて門を通った瞬間、南さんは突然足をとめた。

 珍しい、睨むような視線の先には、門にもたれかかったおっさん。誰。

「学校にはこないで、って。わたし、言ったよね」

 これまた珍しい、強い口調。

「弟子がなかなか帰ってこないんだから、当然だろうが」

 ため息混じりに身体を起こしたその人はかなり小柄で、南さんと並ぶと父娘のような雰囲気があるが、父親にしては若い――って、弟子?

「……南さんの、お師匠さん、っすか」

「そうだよ」「嘘言わないで」二人の声が被る。

 南さんはムッとして続けた。

「黒嶋くん。待田まちだは、わたし、助手だよ。歳上だから経験も長いだけ。技術で言ったら黒嶋くんのほうが上――って言いたいところだけど。どっこいどっこい、かな」

「そこは断言してほしいんすけど」

「伸びしろは、断然黒嶋くん」

「由佳。こいつ弟子にするつもりか?」

 二人の視線がこっちを向いた。顔はまるきり違うけど、よく似た視線。

 この鋭さを宿した写真を、俺はどこかで見たことがある。

 なんだ、そういうこと。納得して、その意味を飲み込もうとして。うまくいかなかった。

「……そんなつもりは、なかったけど」

「おいおい、本気かよ。勘弁してくれよな。『わたしには待田だけ!』って言ってくれたじゃねーか」

「やめて。いつの話」

「五歳の誕生日だな」

「覚えてるの、ちょっと……不気味」

 どういう関係かまったく見えない。けど、どういう関係か、手に取るようにわかる。

 この男が、「だいたい待田。いつからそこにいたの」

 言い訳の下手くそな南さんは、こんなときも笑えるほどの慌てっぷりで。だから自然と、この人が俺を好きなのは、本当なんだなと思えた。自分で恥ずかしかったのか、すぐに流してたけど。俺も、流したけど。あー、これは。

 次は流しちゃダメなヤツ。

 けど。

「暇人で悪かったな。由佳。帰るぞ」

 ……同居してんのかよ。

 俺の困惑に気づいた南さんは、今度こそきっぱりと首を振った。

「実家だよ。この人は、ただの居候」

「てめーのとこで働いてんだろうが。ったく、電話も繋がらねーし」

「あ」

 南さんは鞄からスマホを取りだして、切っていたらしい電源を入れた。通知欄を見て、眉をひそめる。

「だって。待田、しつこいんだもの。でも。ごめん」

「なんのためのスマホなんだか」

「それは、写真を撮るためだよ。ね? 黒嶋くん。また、明日ね」


 見える世界が変わるというのは、こういうことを言うのだろう。

 俺を好きと言った口で、名残惜しさも見せずに、南さんたちは駅とは反対方向へ歩いていった。

 強く射し込む西日と相まって、影が乱反射して、信じられないほどに劇的で。

 沈む前に、この手に掬わなければと強く思う。

 鮮烈な、光を。

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