第14話 浮き輪

「黒嶋さーん! あ、いたいた。ちょっとこれ、着けてみてくださいよ」

「俺が?」

 ニヤニヤ笑う一年に渡されたのは、水色と黄色の水玉模様がポップな浮き輪だ。

 馬鹿にした笑いではない。俺の素性を知って馬鹿にできるような奴は写研ここにはいない。

 写真家・黒嶋雄三とお近づきになりたい奴。俺の大学生活を気遣うつもりでいる奴。とくになにも考えてない奴。そういうフランクさは俺にとっても楽で、こっちもあえて乗っかってる。それに、こういう縁はなかなか馬鹿にできない。

 子供向けの柄に見えて、浮き輪はやけにデカかった。

 引っ掛かることなく装着すると、こっちを見てた一年らがわっと湧いた。視界に入る鮮やかな柄に、目がチカチカする。続いて「こっちもこっちも」と渡されたのは、スポーティーな黒い浮き輪。

 写研の恒例行事で、海の日にみんなで海へ行く「海開き」という撮影会がある。

 去年俺は水着を持ってなくて、テキトーな短パンとタンクトップで行ったら大ブーイングだった。その話を同期らが掘り返したもんだから、みんなで買いに行く予定を立ててた一年たちが面白がって誘ってきたのだ。

「筋トレで鍛えた身体、見せなきゃもったいないですよー」とかなんとか言って。


 目的の水着やらビーサンやらを物色しながら、ふと、水着姿の南さんを想像する。パーカーつきで。

 サークルの行事には、きっちり参加する南さんだ。去年の「海開き」にもとうぜんいたはず。だが彼女がどんな格好をしていたか、思い出せない。女子の、それも先輩の水着姿をあんまり見るのは気が引けたから、もしかしたらまったく目に入れてなかった可能性もある。去年のあの日、俺ははしゃぐ同期と、漂流物と、波打ちぎわばかりを撮っていた。

 今年は、人もちゃんと撮ろう。

 その対象にしっかり南さんが入っていることに、内心で笑ってしまう。

 俺が構うことで余計に立場なくしてるのに、むしろ楽しそうなんだもんな、あの人。

「……黒嶋さん?」

「あーわりわり。どっちがいいか悩むわー」

「どっちもいけんのさすがっすよね」

「そうなのよ――って、この派手なのは完全ネタでしょ。まーいいわ、あんまり黒で揃えんのもアレだし、こっちにすっかな」

 どうせ南さんにも撮られるのだ。こっちから外してみるのも、いい。

 俺に可愛さをプラスしたのが申し訳なかったのか、浮き輪は後輩が買ってくれた。

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