第12話 色水
「暴力を振るわれるとは、思ってなかったの」
ぜんぶ終わって、駅前のベンチ。
南さんだけを座らせて、俺は日除けに立っている。
薬局で絆創膏を買ってあげようとしたら無言でつけ足されたサイダー。プシュ、とフタを開けながら、予想外だったと、南さんは首を振った。
「だって、あんなに素敵な写真を撮る人が、その作品を生みだす大事な手で、汚れたことをするはずないって……ふふ、甘いよね。とってもとっても、甘かった」
南さんを連れてパン屋を出たあゆみさんは、腕を思いっきり引いて南さんのバランスを崩したところで頬を引っ叩いた。音的に顎あたりにズレたっぽいから相当痛かったはずだ。叩いた本人も。
それからあゆみさんは力任せに南さんの背中を蹴飛ばした。すごく短い黒髪の迫力ある美人が、デニムに包まれたすらりと長い脚を振り回す。その様はなかなか画になる光景だったが、先の尖った靴の向かう先に人がいるというのは、まずすぎる。
俺だって傍観していたわけじゃなく、もちろん止めに入ろうとして、しかし柳川さんたちに邪魔されて少しも近づけなかった。
こっちのほうが体格がいいにしても、男二人でこられたらさすがに歯が立たない。
南さんが小さな悲鳴をあげて崩れ落ちる。
彼らは「二人の問題だから」と言う。なにがだよ。アスファルトに打ちつけた南さんの両膝には、血が滲んでいた。彼女にも悪い部分があったとしても、暴力は駄目だろ。
三人とも、プロの俺から見ても学ぶところの多い、いい先輩たち。
その思いが一瞬にして過去形になる。
「スマホ、どうするんすか」
「うーん……バックアップをとってないから、一週間ぶんの写真はおじゃんかも」
事態は、南さんの強烈な提案によって収束した。
――痛いのは嫌。本谷さん。わたしのスマホ、持ってきてくれたでしょう? 壊しても、いいですよ。それでおあいこ。
戸惑う四年生たちに、南さんは怯むことなく言葉を重ねる。
――無価値なものを生みだす写真機なんて、ガラクタ。そうですよね? あ、そうだ。あゆみさん。ピンヒールで、踏んでみます? とっても痛かったから、きっと、スマホも簡単に壊せると思うの。
膝のあたりに血の滲んだワンピースの上、薬局で買ったレジ袋には、無惨な姿のスマホが入っている。割れた画面が刺さらないようにか、南さんは袋越しにそっとスマホを撫でた。
「わたし、諦めないよ。これからもみんなの写真を撮るつもり。黒嶋くんとあゆみさんのことは、とくべつにたくさん」
「そういうとこ、めっちゃ悪人感ありますよね」
南さんの悪いところは、写真の巧いやつを贔屓目に見がちだということ。
媚びるでもなく、あえてつっけんどんな態度をとるでもなく。みんなが揶揄する、「飾らないわたし」だからというわけでもなく。
南さんの贔屓目。それは、レンズを通して見ること。
俺の考えを見透かすように、南さんはペットボトルを目の前に持ち上げた。泡ののぼるサイダーの向こうで、彼女は楽しそうに微笑む。
「もう、やめたほうがいいっすよ」
「わたしもね、本心ではそう思ってるの。それが普通だ、って」
南さんの目には、透明な液体にも極彩の色がついて見えるのかもしれない。
そうじゃなきゃ、説明がつかない。
「でも、前に黒嶋くんには知られちゃったでしょ。わたし、写真を撮ることがとっても……好きなの」
価値あるものを、無価値なものに成り下がらせる、彼女の写真について。
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