第1章 混沌の幕開け

第1話 無法者の巣窟 — 剣鬼、現る

辺境の荒れた山間にある、古びた山賊のアジト。

風が唸り、木のはりが軋んでいる。


そこに集められたのは、尋常ならざる殺気を放つ者たちだった。


「……おれたちを集めるたぁ、いい度胸してんな」

「報酬は弾んでもらおうか。タダ働きはごめんだぜ」

「俺ら、世界の賞金首ランク1〜5様だぜ?」


低く唸るような声が飛び交う。

名だたる凶悪犯ども――ただ並んでいるだけで血の臭いが立ちこめ、今にも殺し合いが始まりそうな重苦しい空気が支配していた。


その殺気を束ねるように、かしらのドドンガの低い声が響いた。

ドドンガ・レイス――厚い胸板、刻まれた無数の刀傷、火に炙られたような皮膚。

王都の山賊も海賊も従える、大盗賊団プーランド・ソープの総頭領。


「まぁ待て。金は払う。……ただな、ちょっと小僧を片付けてもらうだけだ」


話はこうだ。

村の鍛冶屋の爺に手下が難癖をつけ、金を巻き上げようとしたところ、

偶然通りかかった少年が介入。


ジジイを助けたあげく、笑いながらこう言ったらしい。


「おもしろそーじゃん。ぜんぶ退治しちゃおーかなぁ!」


そしてそのまま、アジトへ向かってきている――。

ドドンガは普通ではないと察し、急ぎこの猛者たちを雇ったのだった。


「ははっ、ガキひとりに大騒ぎかよ」

「……小僧相手なら、余興だな」


だが――その時だった。


……


ドオオンッ!


爆音と共に、外で何かが爆ぜた。

百人近い山賊どもが、まとめて吹き飛ばされたのだ。


土煙が渦を巻き、空気が一変する。

視界の奥に、ゆらりと浮かび上がる人影――


呑気そうな顔の少年が、ひょこひょこと歩いてきた。


バッドレイ、17歳。

身の丈を超える大剣を片手に、軽鎧の肩から鍛え抜かれた筋肉が覗く。

逆立つ銀髪、大きな垂れ目には愛嬌が漂うが、その奥には鋭い光が宿っていた。


「……あ、そういや朝からなんも食ってねーや。……いや、やっぱ腹減ったなぁ」


扉の外。

そのぼやきが小屋の中に届いた瞬間、賞金首たちの顔つきが変わる。

眉をひそめ、静かに足元の武器を引き寄せる。

一気に空気が張り詰め、無言で顔を見合わせる。


……


バコオンッ!


次の瞬間、小屋の扉が爆音と共に破壊された。

木片が宙を舞い、粉塵が吹き込む中――


「……お〜? ここで合ってるかな〜? でも、あんたら全員、悪そうな顔してんなぁ〜」


ぼんやりとした調子で、少年は中を見渡す。


一瞬の沈黙。


ギシ……と誰かの足が鳴った。


「ガキが一人で来やがった!」


盗賊団の頭・ドドンガが叫ぶ。続けざまに――


「やっちまえッ!!」


賞金首たちが、怒号とともに跳びかかった。



まず最初に動いたのは、**賞金首ランク3位の『疾風のリュウ』**だった。


「――背中から沈めりゃ、いくらガキでも関係ねぇ」


音もなくバッドレイの背後に回り込み、漆黒の短剣が容赦なく背中に突き刺さる。

しかし、彼はひょうひょうとした態度のままだった。


「あー、めんどくせーなぁ。早めに終わらせるか〜」


何度か、背中やわき腹に剣が突き刺さる。だが――


「……へへっ、いっちょやべー傷入ったな……」


途端に、バッドレイの全身から微かに赤黒い蒸気のようなものが立ち上りはじめた。

彼の口元に笑みが浮かぶ。


「こっから先はオレ、ちょっとずつ強くなっちゃうんだよねぇ〜♪」


両手持ちの大剣を水平に一閃した。

その一撃はあまりにも速く、そして重い。

疾風のリュウは、わき腹に短剣を突き立てたままのバッドレイに驚く間もなく両断され、上半身は壁へ叩きつけられた。


「……おー、壁の模様、変わったな。ちょっとカッコよくね?」

壁には人型の穴が刻まれ、下半身は床に崩れ落ちていた。



「ほう……面白いじゃねぇか!」


**賞金首ランク1位の『豪腕のグスタフ』**が、巨大な鉄槌てっついを振り上げた。


「オレの一撃、耐えきれた奴はいねぇんだがなァッ!!」


……


ズゴォォォォン!


アジト小屋の床が軋み、激しい衝撃波が周囲にめり込む。

しかし、バッドレイは微動だにせず、鉄槌を片手で受け止めた。


「重てぇなぁ、おっさん。肩外れっかとおもったわ……」


バッドレイは軽々と鉄槌を弾き飛ばし、グスタフの顎に拳を叩き込んだ。

その一撃は、まるで山が動いたかのような轟音と共に、グスタフの巨体を宙へと吹き飛ばす。

天井を突き破り、そのまま外の岩肌に激突。血煙を上げ、二度と動かなくなった。



その時――

バッドレイの背後で、空気が静かに震えた。

天井近くへと、魔力弾がふわりと浮き上がる。


「――アナタの動き、読めてるよ」


賞金首ランク2位、『魔眼のキリア』。

顔半分は黒く焼きただれ、両目に埋め込まれた“赤い魔眼”が、戦況を冷徹に分析していた。


「筋肉の動きも呼吸の流れも――ぜんぶ、見えてます」


宙に浮かぶ十数発の光弾が、空中で分裂し、複雑な角度でバッドレイを包囲する。


「なるほど……この程度の敵ばかりかと思ってたけどね」


バッドレイがぼやいた刹那――、

ギン、ギン、ギンと金属音が連続する。

彼の持つ大剣が、迫る魔力弾を次々に叩き落とす。


が――

そのうちの一発が肩を掠め、鎧の右肩が砕けた。


その瞬間――

アジトに、しん……と静寂が落ちる。


「……効いたのか?」


山賊たちが息を呑む。

ざわ……と不安げな声が広がる。


バッドレイが、ゆっくりと顔を向けた。


「へえ……マジで当ててくるやつ、いたんだ?」


一瞬、垂れ目の奥が鋭く光る。


だが――次の瞬間、口元がニッと歪んだ。


「――ちょっと楽しくなってきたかも♪」


ふつふつと赤黒い蒸気が立ち上り、

血の匂いが空気に滲む。


「……なかなかやりますね。なら、これはどうです?」


キリアが背後から、両手を掲げて、前へ振り下ろした。


『無限連射<リミットブレイク・シーケンス>』――!


……


轟ッ!


数十発の魔力弾が、バッドレイの背に襲い掛かる。


だがバッドレイは、振り返りもせず――


……


ズンッ!


足元に大剣を突き立てた。

山そのものが軽く震えた。


「なっ……!?」


揺れる中、魔眼のキリアが思わず体勢を崩した。

大剣は床板を突き抜け、地面を砕く。

その反動で背後の床が大きく隆起し、下から盛り上がった岩が魔力弾を全て阻んだ。

爆ぜる光、砕ける魔弾、吹き荒れる衝撃波――


だがその中心で、バッドレイは、のんびりと首を鳴らしていた。


「おっとっと〜♪ ちょっと地球、壊しすぎた?……いやー、まいっか♪」


小屋が大きく揺れて、床板は裂け、岩が突き出し、天井は崩落、地面が抉れる。

魔眼のキリアは、足元から突き上げる岩塊と崩れ落ちる天井に押しつぶされ、悲鳴を上げる間もなく消し炭と化した。



**賞金首ランク4位の『毒牙のザハル』**と、**5位の『影使いのシオン』**が連携を試みる。


「煙が広がりゃ、今度こそ終わりだ」

「この影から逃げられる奴、見たことねぇよ? ま、1秒で終わるけどな」


ザハルは素早く毒の煙幕を張り、シオンは影の中に身を潜め、バッドレイの死角から襲いかかろうとする。


「はぁ、かくれんぼかぁ?――ああ、めんどくせー」


バッドレイは視界を覆う毒の煙幕を、ただ大きく息を吸い込むことで一瞬にして吸い尽くした。

清浄な空気が戻ると、驚愕に目を見開いたザハルの姿が露わになる。


一歩踏み出し、大上段から大剣を振り下ろす。

ザハルは肉体が真っ二つに、弾け飛ぶように粉砕された。

そのまま、大剣を振り切ると、衝撃波が床を裂き、地面に巨大な亀裂を刻んだ。


ザハルの後方――シオンが潜んでいた影の地面がひび割れ、突如として巨大な陥没穴と化した。


「ギエェェェェェ!」


影使いのシオンは為す術もなく、奈落へと吸い込まれ、二度と浮上することはなかった。


指名手配の賞金ランク上位の悪党たちすら、一人残らず地に伏していた。

残った山賊の残党が、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

その中に頭のドドンガの姿もあった。


だが、バッドレイは逃げた者を追わなかった。

彼は大きく伸びをしながら――


「あー、めんど。……まずは飯な。メシ」


しかばね転がる土煙の中を、悠然と歩き出した。


「……王都行きゃ、なんかうまいもんでも食えっかな〜♪」


バッドレイは、わき腹から短剣を引き抜くと、ポイと足元に放った。


この時の彼はまだ知らない。

王都で待っているのは、“魔法ぶっぱ女子”と“罠ハメ女子”。

そして――世界一めんどくさいパーティの始まりであることを。

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