第18話 閑話 呼び名
勉強部屋と呼ばれている部屋についた。
「ルーカスさん……」
リアーナがルーカスを不安そうに見上げると、「大丈夫ですよ」と優しく微笑んだ。
「家族なのですから、『さん』付けにしてくださいね」と言われてから、リアーナはルーカスをそう呼んでいる。『公爵様』と呼ばなくてもいいのだろうかと不安になるが、ルーカスが「大丈夫ですよ」と微笑んでくれると安心できた。
「いい子にしているのですよ」
「はい」と小さく返事をすると、ルーカスは自分の仕事場所に向かった。ものすっごく偉い人は、忙しいのだと思う。
騒がしい足音が近づいてきて、透き通るような銀髪の男の子が入り口から顔を覗かせる。宝石のような紫色の瞳を忙しなく動かして、部屋の中を見回した。
「なんだぁ~。もうルーカスさん、いないのかよぉ~」
ここ数日一緒に過ごしていて、彼こそものすっごく偉い人なのだと気がついていた。
どの大人も彼には敬語を使っているし、たまに『殿下』と呼ばれているのも聞こえていた。
極めつけは、リアーナが偉い人だと思っていたルーカスが、とても丁寧な言葉で対応していたのだから。
「また、アイツいるぞ」
いつも一緒にいる金髪の男の子が、リアーナを見て大声でいう。
「あぁ、わかってるよ」と銀髪の男の子は、めんどくさそうに自分専用の席に座る。
彼には何度か「うるさい」と怒鳴られてしまったけれど、偉い人なのだから仕方がないとリアーナは思っていた。
ルーカスの弟が、リアーナの父に向かって怒鳴っていたのをよく見ていたから。そんなとき、父は色々なことを言って、おじ様の怒りを沈めていたのを思い出す。
父のことを心配すると、「彼も悪い人じゃないんだよ」と言っていた。
リアーナにとってルーカスの弟は悪い人だったけど、銀髪の男の子は悪い人ではないのかもしれない。
「おはようございます」
先生が部屋に入ってくると金髪の少年が、「俺、走ってくる!」と慌てた様子で出ていった。
毎日この調子で、午前中は鍛練に当てているようだった。午後には先生に捕まって、渋々授業を受けていることもあるのだけれど、時間が過ぎるのを待っているという感じだった。
「残念ですね。今日は、コンラッドが喜ぶ授業だったんですけどね」
先生は口でいうほど残念ではなさそうだった。
「今日の授業は、この先生がしてくれますよ」
『おじいちゃん』と呼んでも良さそうな年齢の男の先生が紹介された。
「おじいちゃん先生じゃん!! 何? 何? 今日は体術?」
「お久しぶりです。テオドール殿下。今日は護身術の授業です」
「えぇ~!! 護身術ぅ~? 俺は剣の方がいいな」
「では、テオドール殿下。コンラッドと素手で勝負となったら、どうでしょう?」
「げっ! 無理だよ! 素手どころか、剣でも敵わないって!」
「テオドール殿下は守られる立場のお方ですからそれでも構いませんが、万が一のときのために学んでおくことをおすすめしますよ」
銀髪の男の子は、「守られるってのもなぁ~」と不服そうに言いながらリアーナを見る。
「テオドール殿下が勝ちたい人は誰でしょう?」
「兄さんにも勝ってみたいけど、一番はコンラッドだな!」
「では、コンラッドが思い付かないような攻撃と、逃げる方法を考えましょう」
「わかった。それで、アイツは?」
リアーナのことを気にかけてくれたらしい。
やっぱり、いい人だ。
「護身術は、彼女にこそ必要なんですよ」
「さて、リアーナさん。あなたはどれくらい強くなりたいですか?」
今まで強くなることなど考えたことがなかったので、必死で考える。
自分が思う強い人で、勝ってみたい人物といえば……
「コンラッドさん」
呼び方が合っていたのかはわからない。周りの大人はくすくすと面白そうに笑っていたので、間違ってはいなかったようだ。
「なんでおまえ、コンラッドの名前を知っているんだ?」
不機嫌な顔でリアーナを見る銀髪の男の子を、おじいちゃん先生がたしなめる。
「先ほど、テオドール殿下がコンラッドの名前を言っていましたよ」
銀髪の男の子は、「あぁ~」と納得していた。
「コンラッドに勝ちたいのでしたら、これは本格的に考えねばなりませんね。対抗できるとしたら、蹴りでしょうかね」
おじいちゃん先生は、手や足を動かしながら考えてくれた。
基本的な護身術を学びながら、まずは体力と筋力をつけていこうと言われた。
「リアーナさんは、まだまだ大きくなりますからね。きっと大人になる頃には、立派な護衛になっているかもしれませんね」
おじいちゃん先生の言葉に、男の子が首をかしげる。
「ん?俺の護衛?」
「それはまだ、わかりませんね。テオドール殿下の護衛なのか。皇太子殿下の護衛なのか」
「兄さんの護衛になるのか?」
男の子は、驚いた顔でリアーナとおじいちゃん先生を見比べている。
「可能性の話ですよ。リアーナさんに一番適したものが、まだわかりませんから」
「兄さんの護衛には向いていないと思うぞ」
男の子はボソッと呟いて、リアーナを不機嫌そうに見る。その視線になにか他の感情が混ざっているような気がして、じっと見つめ返した。
「リ、リアーナは、その、護衛よりもっと……」
名前を呼んでくれたことで、ここにいてもいいと認めてもらえたような気がする。嬉しくなって笑顔になると、男の子は赤くなってそっぽを向いた。
不思議に思ってリアーナがじっと見ていると、男の子はごまかすように大きな声を出す。
「おじいちゃん先生、もう始めようよ」
「えぇ。テオドール殿下はやる気があるみたいですね」
「そりゃ、コンラッドに勝たないとな」
二人の練習が終わるのを待ってから、リアーナの番だ。
せっかく蹴りの形を教えてもらったのに、リアーナが思いっきり蹴りあげるとバランスを崩してしまい、威力も弱かった。
「毎日、鍛練することですよ」
「鍛練……」
二人が鍛練をしている間、リアーナは木刀を降っていたのだが、どうしても好きになれなかった。それならば、その時間を使って、体力作りから始めてみようとリアーナは決めた。
「あつ~! あっ! おじいちゃん先生! なんでいるの? えぇ~! 俺も、受ければよかった!」
「話も聞かずにいなくなるからですよ」
先生に咎められてもコンラッドは気にならない様子で、おじいちゃん先生に「午後もいる?」と聞いている。
「また来ますからね」とおじいちゃん先生に言われ、「えぇ~!」と大声をあげていた。
「テオドール様。お昼の準備ができています」
銀髪の男の子の従者が呼びに来ると、誰よりも先に「飯! 腹減った!」とコンラッドが騒いで、「言葉遣いを直してくださいね」と先生に注意されていた。
リアーナは、じっと二人が出ていくのを待つ。
二人が北の棟に向った後で、先生と一緒に役人用の食堂にいくのだ。
二人を見送ってると、部屋を出るときに銀髪の男の子が振り返った。
「リアーナ。俺のこと、テオ様って呼べよ」
周りの大人に緊張感が走る。
「テオ様、それは不味いって! 俺が呼ぶのも、コイツらよく思ってねぇんだから」
「はぁ~? 俺がいいって言ってんだろ」
リアーナは周りの大人の顔色を窺う。リアーナも名前を呼ばれて嬉しかったのだ。きっと彼の名前も呼んだ方がいいのだろう。
そっと口を開いた。
「テオドールさま」
大人たちが、胸を撫で下ろしたのがわかる。
「ん~。まぁ、それでもいいか」
テオドール様は太陽のような笑顔で笑って、「じゃあ、あとで」と出ていった。
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