第10話信じた正義と真理の証

人々が喜ぶ顔が見られる日常こそ私たちの目指す理想像であり私たちの教義の存在意義なのです。

彼はその目を輝かせていかに自分の信じているものが素晴らしいかを満足げに話し続けていた。

彼の襟元に輝く白金製の蓮の花をモチーフにした徽章も誇らしげな光を放っているように思える。

ソフィアは軽い気持ちで情報収集を始めた事を今更ながら後悔していた。

「真理統合学会」…"自助努力を極める事で自分の意識を神仏の領域まで引き上げ、様々な理想を具現化する力を発現できる"という教えを基にしているらしい。

合理的な咀嚼を早々に諦めたソフィアは「信者」の彼の話を大方聞き流しながら今回の議題について脳裏で棚卸しをすることにする。

つい先日話を聞いた創設メンバーのひとりである女性から聞いたことについてだ。

…「夜露の涙」と称される魔術マテリアルによる思考共振現象で引き起こされている集団暴動とそれによる"表の世界"の治安が著しく低下していること。

暴動に参加している大半が「学会」の構成人員であり「学会」自体が反社会的な存在として認知されつつあること。

「夜露の涙」の所有実態を意図的に広げた疑いのある人物が創設メンバーのひとりであり、「学会」の人的資源と日本やアジア圏の政財界への影響力を自分に帰属させたいと考えているらしいこと。

その目的のためなら日常的安全保障を気にかけない人物であること…

それらの破滅要因が異能者および魔術界関係者の世界的迫害を引き起こしかねない事態になるのを止めてほしいと懇願する泣き出しそうな彼女の顔が脳裏に焼きついている。

それだけに目の前の「信者」の男性が持つ、自らの理想的ヴィジョンが世界を変えるという根拠無き確信がより不気味に感じる。

"誰もがこの世界を変革できる素晴らしい力をその身に宿しているのですよ!"

すでに彼の視界にはソフィアの姿は写し出されていないようで、溢れる自己肯定感は彼自身の思い描く完全な世界を祝福しているのだ。

彼の耳に輝く黒曜石に似た石があしらわれたピアス…あれが件の「夜露の涙」か。

ソフィアは先程から妖しい光をほのかに放っているソレに対して訝しい視線を向ける。

「完全な相互理解と理想像の完璧な共有」を可能にする大規模思考ネットワークを構築できるという魔術的デバイス。

使い方によっては自分の世界観を他者に強制し精神的隷属を強いる事ができる危険な代物だ。

正にその懸念点を絵に描いたような実態例を目の当たりにすると気味が悪い。

…もうこれ以上得るモノは無かろうな。

ソフィアは溢れかえる恍惚感に酔う目の前の男性への忌避感を自覚し早々に話を切り上げようとして、「信者」の男性の様子が変わっていることに気づいた。

"世界の理を知っている自分はあなたのことも救ってあげられる。あなたもこの教えで幸せになれる。さあこの手を取って欲しい"。

慈愛とはかけ離れた様子の歪んだ自我を自覚もせずに彼はソフィアに対して許容の意思を示す。

しかしソフィアは男性が紡いだ言葉の意図を理解することを拒絶して意思疎通を終えることを示した。

想定外な拒絶を受けた男性はそれでも諦める様子は見られない。

むしろ自身の使命を果たさなければならないと考えていることがありありと感じられる。

その意思に呼応するように彼のピアスにあしらわれた石が妖しく光を放ち眩く輝き出す…

ソフィアはこれから始まるであろう精神世界での戦いに備え男性の心を挫く意思を固める。

人の尊厳を賭けた戦いの火蓋は静かに切って落とされた。



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