閑話 ギルマスの考え
グリィトの街の冒険者ギルドを取り仕切るギルドマスター――ザレックは、ひとり執務室に戻った。
そして椅子に腰を下ろし、執務机に向き合う。
机の両端には高く積まれた書類の束が塔のように立っていた。
それらの書類にペンを走らせ、判子を押し、次々と
コンコン、とノックされる。
「入っていいぞ」
ザレックが短く答えると、外から三人の人間が入ってきた。
それは、グリィトで活動する冒険者パーティの面々で、ザレックもよく知る人物らだった。
「ベルドのパーティじゃねぇか。何の用だ?」
「今日の護衛クエストの時に、ブラックアントの素材を大量に獲得してよ。解体も済ましたから、買い取りをしてもらいたいんだ」
「素材の買い取り……受付で処理できない量ってことか?」
「ああ。ブラックアント十四体、ほぼまるまるの量だからな」
「おかげで私たちのマジックバッグがパンパンよ」
「安くはないマジックバッグだから、収納量には自信があったのだがな」
ベルドの隣に並ぶ、女魔法使いのジェシーと、タンクのマーレスが口々に答える。
見てみれば、彼らが携えるバッグはたしかに大きく膨れ上がっていた。
マジックバッグが膨らむのは、容量がかなり圧迫されている証拠だ。
「分かった。買い取りの職員を準備させる。それまで少し待機していてくれ」
「ああ、分かった」
話は終わったのでそのままベルドたちは退出するものと思ったが――冒険者三人は変わらずザレックの前に立ったままだった。
「……どうした。まだ何かあるのか?」
「その、アイリのことなんだけどよ」
ベルドが控えめに言った。
「正直、ギルマスは……アイリのことをどう思った?」
その質問に、ザレックはペンが止まる。
視線だけをベルドに向けた。
ベルドは真剣な表情で、ザレックを見ている。
ザレックは、はあ~、とため息を吐き、ペンを置いた。
椅子の背もたれに体を預け、先刻の記憶を思い出す。
「不思議な子だったな。色々と、六歳とは到底思えないくらいだ」
ベルドは小さく首肯した。
「アイリ本人の前では言わなかったが、やっぱギルマスもそう思うか。アイリが飼ってるあの魔物、並みの使い魔じゃねぇ。かなり高位の……下手すりゃ精霊とかそういう高位存在の可能性もあるんじゃないかと思ってる」
「ああ、モッフィだったか? アレは化け物だ」
ジェシーがうかがうように言った。
「あの、ギルマスもモッフィの力を見たの?」
「アイリを冒険者にするか決める模擬戦試験の時にな。隙を見せたアイリに反撃をしようとしたら、モッフィに木剣を消し飛ばされた。場外にいたってのに、俺が反応する前に魔法で武器を破壊したんだ。もちろん俺もアイリに命中させる気はなくて寸止めするつもりだったんだが……かなり凄まれちまってな」
ザレックは苦笑する。
そして、断言した。
「アレには、誰も勝てない。少なくとも、このグリィトの戦力を全てぶつけたとしても、モッフィに勝つことは不可能だ」
その発言に、ベルドたちは背中に冷たい汗が流れる。
「……まあ、俺たちも薄々そうなんじゃないかとは思っていた。だが、それならますますアイリがどうやってモッフィをテイムしたのかが気になるところなんだよな」
ザレックはぶっきらぼうに返す。
「話は変わるが、お前たちはアイリ本人が戦っている姿を見たことがあるか?」
「アイリ本人が戦っているのは……見たことねぇな」
「わ、私も」
「右に同じく」
その返答に、ザレックは遠くを見るような目で口を開いた。
「模擬戦の時、アイリは水魔法で攻撃してきた。粗は目立つが、六歳にしては規格外だ。今の時点でも、すでに中級魔法使いの領域にはいるだろう」
その発言に、即座に反応したのはジェシーだった。
「ち、中級魔法使いですって!? それ、私と同じ階級じゃない!!」
「そうだ。まあ適切な指導は必要だろうが、魔法の規模と魔力量だけで見るならお前よりも上かもしれん」
それに、とザレックは区切る。
「恐らくアイリは本気で来ていなかった」
「ど、どういうことよ?」
「アイリは模擬戦で水魔法しか使わなかったんだ。水魔法は基礎の四属性魔法の中で、最も物理的な殺傷能力が低いからな」
「そ、それって、つまり……」
「ああ。アイリは水魔法以外の魔法も使えるだろうな。恐らくそっちの魔法だと俺を負傷させる可能性があったから、自粛したんだ」
その言葉に、みんな絶句した。
六歳にして攻撃魔法を扱えること自体がそもそもイレギュラー。
さらにその上、二属性以上の異なる魔法を発動するなど、聞いたことがない。
まさに神童。
ザレックは頭を振った。
「模擬戦と銘打ってアイリに冒険者としてやれる資格があるか見定めるつもりが、逆に俺が手加減されて気を遣われてたってことだ」
「マ、マジかよ。ギルマス相手に?」
冒険者ギルドのギルドマスターは、武に秀でていなければならない。
冒険者ランクにしてSランクに到達することが、ギルドマスターに就任できる条件の一つだ。
すでにギルドマスターの役職に就いているザレックも無論その条件を満たしており、冒険者としての自身のランクはSランク。
だが、ザレックはアイリにそら恐ろしいものを覚えていた。
「モッフィは例外としても、アイリも十分に異常な強さを持ってるってことだ」
ベルドは少し黙った後、意味深に告げる。
「ギルマスは、アイリが危険人物だと思うか?」
「どうだろうな。異質な人物という点であれば、肯定するところだが」
「俺はアイリは良い子だと思うんだ」
「私も、アイリちゃんは可愛いし、すっごく優しい子だと思うわ!」
「うむ。俺たちを助けてくれたのは真実だしな」
ザレックは数秒ほど無言になり、静かに答えた。
「アイリを取り調べした時に、あいつ言ったんだよ。この街に来た目的をさ。何だと思う?」
「さ、さあ……」
ザレックは、上体を起こして机に両ひじを乗せる。
ベルドの目をしかと見て、答えた。
「"人と会いたかったから"、だそうだ」
その言葉に、ベルドたちが息を呑む。
予想だにしなかった、その生々しい理由に。
ザレックはハッと笑った。
「六歳児が言うセリフか? 人と会いたかった……なんて、まるで今まではロクに人に会ってなかったみたいな物言いじゃねぇか」
「「「…………」」」
ベルドたちは何も返せずにいた。
ザレックから放たれたアイリの言葉はそれだけの衝撃を冒険者たちに与えていた。
「まあ、少なくともなにか『訳アリ』なのは間違いない。両親に関することや、これまでの生活も話さなかったからな。あんまり聞かれたくないか……いや、思い出したくないのかもな」
だから、とザレックは続ける。
「お前らも、余裕があったらアイリを気にかけてやってくれ。冒険者になったとはいえ、まだ六歳だ。子供はなにかと危険に巻き込まれやすい。……この街にも、どんなヤツが潜んでるか分からないからな」
ベルドは力強くうなずく。
「――ああ、任せてくれ! アイリがこの街にいる限りは、俺たちができる限り目をかけておくぜ!」
「六歳の女の子を放りっぱなしなんてできないものね!」
「……あまり子供と話すのは得意ではないが、俺もアイリを見かけたら話しかけてみることにしよう」
冒険者三人の了承を聞き届けたザレックは、満足そうに口角をつり上げた。
「よろしく頼むぜ。俺もアイリにはできるだけ手助けしてやろうと思ってるからな」
アイリの素性が不明確なのは変わらない。
でも、アイリが優しい性格の持ち主で、冒険者たちの命を救った事実もまた変わらない。
だからこそ、ギルドマスターと三人の冒険者パーティは、アイリを見守ることにした。
アイリがモッフィと一緒に、安心して暮らせる生活を守るために。
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