第4話 自問自答で季節は移ろう

 サンドラが沁みのようにこびりついた疑問に取り掛かった当初、その疑問がどの程度の問題なのかはまったく想像の埒外だった。持前の探求心を発揮しつつも、疑問を解消するための糸口は杳として掴めなかったからだ。

 植民地憲章の中には、一日の時間に何をすべきかの義務規定の記載はもちろんあったが、それが何故そう定められているのかについては何も書かれておらず、ホロデータライブラリーの電子図書に収められている憲章解説書も、いかに労働を務め、植民地を維持・発展させ、資源を地球に送還することが重要で神聖な義務なのかが繰り返し説かれている一方で、運動義務規定はただ素っ気なく「いつか故郷=地球に帰るときのために」といった程度のことしか書かれていなかった。

 故郷――その言葉は、サンドラの明晰な頭脳をもってしても難題だった。

 故郷である地球。一体それはどういうことなのか。確かに祖先ははるか昔に地球から飛び立った最初期の植民団であり、その意味では正しく感じられた。その一方で「帰る」とはどういうことなのか。

 サンドラは時に綺麗なブロンドヘアをかきむしりながら様々な記録を探しては空振りに終わるという徒労を繰り返し、まず一つの仮説を導き出した。まったく記録が見つからないということは、そもそも地球に帰った人間などいないのではないか、と。


 こうして一つの仮説を導きだすと、サンドラはそのことを心に秘め、誰にも打ち明けず、改めて最初の疑問である、なぜ食事が大人と子どもとで厳密に分かたれているのか、という問題に取り掛かった。

 ここでも結果は同じようなもので、ただ心身の健康を維持するため、発育期は特別に支給する食事を摂ることが必要であるということが確認できただけで、それ以上の収穫は得られなかった。

 サンドラは独力で疑問と格闘することに限界を覚えつつも、親友のイベールへ相談することはまったく考えなかった。このようなことを疑問に思うこと自体、火星植民地の中には誰もおらず、自分がひどく世間ずれしている、まったくイカれた考えに取りつかれているのではないかとも感じられたからだ。

 居住ドームの外に追い出され、一人あてもなく彷徨よっている気分になることすらあった。赤茶けた荒野と粗削りな山脈だけがある、不毛の場所。ドームの外はどこも同じようなもので、資源開発計画が決定されるとまず拠点となる基地を設け、そこからドームを拡張して作業エリアを拡張していくのが資源開発の基本だった。

 何もないところに一人放り出されるのは、それと比していかに恐ろしいことかと、一時サンドラは自分の疑問を強引に忘れることにしようとさえ考えもした。


「スミラ。今日は時間あるかい?」

 いかにも軽薄な、いつも変わることのない決まり切った文句で声をかけてくるラッセルは、今の生活を守ることが重要で、それ以外のことは一切考える必要がないとでもいうような、保守的な男だったが、飽きもせずに呼ばれたくもない名前でこの男から声をかけられると、サンドラの中の反骨精神はたちまちによみがえり、この男と私は違うのだと、自分自身を奮い立たせた。

 ラッセルは思いもよらなかったろうし、サンドラもそのことを認めようとはしなかったが、サンドラが挫折せずに抱えた疑問に取り組み続けることができた一因は、このラッセルのなんとも鼻もちならない存在だった。

 そうして季節が一巡りして次の季節がやってくる頃、サンドラに転機が訪れた。

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