第11話:有象無象の貴族子息

 ラズは、非常に困惑していた。


 カルトロに教えられた通り、馬鹿なふりをして目立たないようにしようと思っていたのに、学年首位で入学してしまい、馬鹿なふりができなくなった。どこまで手抜きをすればいいのか程度がわからず、愛想を振りまいていたら、砂糖に群がるアリンコのように子息たちがわらわらと寄ってたかって構いにくる。


 貴族令嬢としてのマナーや知識を学びその通りに実行していると、付け上がりベタベタ触ってくる輩もいてキレそうになっていた。


 とはいえ、自分は男爵令嬢しかも養女で元貧民。かたや相手は伯爵家や侯爵家、公爵家の嫡男から三男まで貴族同士のサラブレッド。だと言うのに、手を替え品を替え迫り来る。中には婚約者もいるというのに、節操なく誘ってくる。


 まとわりついて「荷物を持つよ」とか言って奪い取られ、おかげで転びそうになったり、ワザとインクを制服に掛けられて、お詫びにドレスを送るよと訳のわからないことを言われたり、ドルシネアから寮で食べてねと送ってもらった商会の最新のお菓子を令嬢たちに配ろうとすれば、取り上げられて「僕のためにわざわざ作って来てくれたのかい」とか言われ、挙句お礼にお茶に招待するよと拉致しようとしたり。


 いい加減にしろよ、貴族の礼節は何処に?な案件ばかりである。


 仕方なく、隠密で行動をしたり、気配察知を使って避けているうちに、闇魔法まで覚えてしまった。カルトロは喜びそうだけど、商会のコネの幅を広げつつ無難に卒業する夢は、今にも崩壊しそうな実情だ。ひとまず女子生徒たちは味方につけ、色々賄賂を渡しながら、男子生徒を避けるのに役立ってもらっているから孤立することはないのだが。


「ねえ、ラズマリーナさんって、聖女候補なんですってね?」

「えっ、誰がそんなことを?」

「あら、みなさん知ってらしてよ。聖魔法、使えるんでしょう?」

「ええ、まあ。使えるには使えますが、自分しか治癒ができないんです」

「あら、そうなの?」


 残念そうに、眉を下げ小首を傾げ無害を装う。ドルシネア曰く、そうすると儚げで、か弱そうに見えるらしい。


「それよりも、ワタシ、フロランテ商会で働く予定ですし。商人の方が性に合っているみたいですの」

「まあ確かに、ラズマリーナ嬢の持ってくるお菓子とか素晴らしいものね!ウチもすっかり常連になりましたわ」

「我が家もいただいた化粧水、母がとっても気に入っていて」

「あ、そうそう。今日は新しい商品のサンプルを持ってきたんです。肌を明るくするシーラム、お試し願えます?日焼けやそばかすにもよく効くんですよ」

「きゃあ、素敵!私の婚約者の剣術の試合を見に行くと、どうしても外に出る時間が長くなるでしょう?ソバカスが出来てしまって困っていたの!」


 キャアキャアと下位貴族の友人たちが我も我もと手にとっていく。ラズは高位貴族には近づかないので、男爵家やせいぜい子爵家の令嬢のみが試作品を手に入れていく。高位貴族の令嬢たちは、そんなせこい真似をしなくても、そば耳を立て情報だけ手に入れて、後で家の者に買いに行かせるのだ。


 大商会の娘を蔑ろにして良いことなど何もない。フロランテ商会の商品はどれも斬新で人気があるし、それをお試しとはいえ、仲良くしていれば手に入れられるのだから、嫌う要素もない。うまく付き合えば、魔法の良い使い方を教えてくれたり、流行りそうな商品の情報も手に入るので、ギブアンドテイクで仲良くする。


 だから、常識のある行動をしているラズに絡んでいく令嬢などおらず、皆立場を弁えていた。


 弁えていないのは、ラズが知らずにつかっていた魅了の流れ弾に当たった男どもだけである。


 自分のステータスを見て、魅了のスキルが生えていることに愕然としたラズは、それを要所(商品を売り込むときとか)だけに使い隠蔽しているため、学院長にその他諸々もバレているとは、この時は思っても見なかった。


 ましてや、聖力が測定不可能なほど育っているとは思っても見なかったし、それを強化させた神父が実父だなどと考えてもみない。そもそも神様は信じていないし、何なら聖力も呪いお願いにしか使っていないはずなのだが、思いの外、男子生徒たちからの熱い眼差しで精神的ダメージを受けていたのを、意識下で治癒しまくって、多少の嫉妬からの高位の令嬢達の嫌がらせにも、常時結界を張って弾いていたせいで、聖力が鍛えられていたなど気づいてすらいなかった。


 そんなラズを密かに見つめる人がいた。


 2学年上の第3王子、アダルベルトである。


 聖女候補で学年首位で入学したラズマリーナは、入学前から噂になっていた。大聖女によく似た少女で男爵家の養女なのだという。というか、大聖女の生んだ子だという噂さえある。箝口令が出されているため、外ではいえないが。


 王や王妃からは、「お前には政略で決められた婚約者がいるのだから、関わらないように」とキツく言われているため、行動には出さない。今の婚約者の家に婿養子に入る予定だからだ。これを蹴って、男爵家の娘に夢中になるなど、愚の骨頂。


 しかもその男爵家は、王族では知るに知られた元暗部の集まりの家門である。いや、現役も潜んでいるはずだ。そんなところに婿に入ることなど出来るはずもないし、そもそも養子だと言うから婿に入る余地すらない。王族から平民に落ちるなんてもってのほか。生きていけない自信しかない。


 それよりも、自分の側近達がこぞってラズマリーナという少女に夢中になっているのを見て、側近候補をあらためて見極めようと考えている最中だ。当然彼ら高位貴族の子息達には婚約者というものがいる。それにもかかわらず、最初は生徒会に誘い無下なく断られると、手を替え品を替え気を引こうと画策する様は、哀れで見苦しい。しかも婚約者を蔑ろにしたまま、婚約を白紙に戻すこともなく、うわついた態度で身が入らず、成績も落ちているようだし。むしろ犯罪者予備軍のようになりつつある側近などいらないだろう。


 とはいえ、ラズマリーナを一目見て気に入ったのは確かである。マジ好み。17歳にもなると閨教育についても学んだ。卒業したら結婚まっしぐらでその相手もいるが、手に入らないものほど欲しくなる多感な年頃なのである。


 第3王子なんて立場上、欲しいものが手に入る確率よりも、我慢しなければならない確率の方が高いのだ。長男ならなんでも欲しいといえば手に入ったかもしれないが、三男はあまりもので我慢しなければならないし、それすらも規制がかかる。やりたい事もなりたい物も決められ、将来は婿養子に入って伯爵と決められている。ちょっとくらい夢想したっていいじゃないか。


 通りすがりにほのかに香る花の香りも好ましく、婚約者のつける嘘っぽい薔薇の香水よりよほどいい。自分から同じ香りを婚約者に送ってもいいが、それでラズマリーナと同じ匂いだと気づかれたら面倒臭いことになりそうだ。そもそもあの花の香りが香水かどうかもわからないし。


 王子である自分に媚を売って来ず、高位貴族を避けているようなところも見受けられ、貴族子女としての礼儀はバッチリ身についているようだ。控えめで、美しく、なのに笑顔はかわいらしく、それでいて貴族として弁えている男爵令嬢。頭も良く、人当たりも良い。女子達にも人気があるようだし、ダメなところなんてないんじゃないか?


「あの男爵家でさえなければな」


 どこか上位の貴族の養子に出してもらえないかな。そうしたら俺がもらうのに。いや、俺が養子に入るんだった。やっぱり手には入らないか。なんなら平民に戻ってくれれば、愛人として囲うこともできるかな。あ、そうかあいつらそれを狙っているのか。それとも単に聖女を汚すことに悦びを覚えるのか。


 あ、イケるシチュだな、それ。


 そんなことを考えているあたり、だから三男はダメなんだと言われる所以でもあるのだが、妄想だけなんだからほっといてほしい。生徒会室の隣にある自分の執務室に篭り、ラズをオカズにしてちょっとヌイていたところで誰に迷惑をかけるでもなし。


「ラズマリーナ…。ああ、ラズ。ラズマリーナ、なんて可愛いんだ。匂いも何もかも最高だよ」


 はぁはぁと一人で息を荒げているところを、まさか誰かに聞かれているとは思いもせず、しかもロシナンテが仕掛けた隠しカメラに外からバッチリ撮られているなんて気がつきもしなかったから。

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