第6話:ちょっと本気を出してみた

 俺としては、ドルシネアのために聖女の資質ありと言われたラズを引き取り、『聖女を生み出した男爵家』としての箔を手に入れたいと思ったのだが、影の受け皿の御家が目立つ事やってんじゃねぇ、とカルトロに凄まれた。まあ、確かに。国王にも怒られそうな案件だった。


 あまりの悲惨な生活を送って来たラズ。例の貧民の詐欺女に引き摺り回され、散々な目にあってきたようだ。大人にいいように使われて、すっかり荒んでしまった少女がとてつもなく不憫に感じた。ペドなんて知らなくてもいい言葉まで覚えて。俺の性癖まで疑われるのはよろしくない。当然、俺の理想はドルシネアであって子供には眉ひとつ動かされる事はない。


「カルトロ。ラズの教育はお前に任せてもいいだろうか」

「どのようにいたしましょうか」

「どのようにって、お前。普通の男爵令嬢としてでいいだろう。一般的な娘としてだ」

「聖女はよろしいので?」

「駄目だっつったのは誰だよ。………あの子は今まで利用されて生きてきたんだ。まあ、この国はそこそこ平和だし、聖女なんて他にもいるし、そんな肩書きを背負わせる必要はないと思う」

「では、影として育てましょう!」

「嬉々として言うな。ウチは商売で成り立つ男爵家だ」

「そうはいきませんよ。あなたも影の教育は受けたはずです。この男爵家は影たちの受け皿なんですから、歴史を学ぶ必要性はあります。ドルシネア様は別ですが。聖女候補とバレてしまった少女をのほほんと育てては後々何かあった時に困ります」

「ムゥ………。仕方がない。ある程度までだ。影に仕立てるつもりはないからな。あれには子供らしく育ってもらいたい。幸い、ドルシネアも受け入れてくれたし、なかなか相性も良さそうだし。ああ、どうせなら攻撃や隠密より防御に長けた方がいいな。頼んだぞ」

「御意。そういえば最近、フロランテ商会にちょっかいをかけてきている貴族がいるようですが、いかがしましょうか」

「ああ。それは俺が早急に手を打つ」

「かしこまりました」


 ドルシネアの引き受けるフロランテ商会の貴族部門では、下位貴族でも手が出せる値段のドレスやアクセサリー、茶会に出すような茶菓子や茶葉、ティーセットや小物など幅広く売り出している。当然デザインやアイデアはドルシネアによるものだ。元々庶民に寄り添った商会でもあったため、俺と結婚してから新たに立ち上げたのだが、これがまた人気が出てドルシネアは引っ張りだこになった。そうなると、当然ちょっかいを出してくるうざい輩もいて、それを一掃するのが俺の役目でもある。こんな時、影の仕事を学んでおいてよかったと思う。


 カルトロの教育の腕は確かだし、ラズには恥ずかしくない程度の貴族令嬢としてのマナーを学んでもらい、商会の仕事も覚えてくれれば、ドルシネアも助かると言うものだ。何せラズは見た目だけは美少女で、着飾るのも腕が鳴るわ!とドルシネアが喜んでいたのだから。


「美人の奥さんに、美人の娘とか。過去世も含めて、今まで生きてきた人生で一番の幸運かも………」


 その幸せを守るためにさっさとうるさい蠅をはたき落としてやるか。


「本気を出せば、いい腕してるんですけどね、旦那様。引退するなんて本当に勿体無い」

「ドルシネアとは明るい人生を歩みたいんだ。日陰の女になんかさせてたまるか」


 



 その晩、散々鳴かせて気を失ったドルシネアを寝かしつけた後で、俺はこっそり闇夜に紛れた。調べでは、ドルシネアにちょっかいを出したのは、ギルバル子爵家のお抱え商会バルバリーだ。フロランテの最新デザインを盗むつもりでドルシネアに接触してきたらしいが、そこはドルシネア、雷魔法であっという間に撃退した。だが、それでも諦めずに水面下でなにやら動いているらしく、カルトロの部下が探りを入れてきた。


 確固とした証拠は見つかっていないが、コイツらは人身売買、人攫いにも関わっているらしく、数ヶ月前に囚われていた子供たちが騎士団によって保護され、アジトが洗われた。実行犯は今も逃亡中で騎士団が探しているものの、こちらの情報ではその実行犯はバルバリー商会が匿っているらしい。人相書では、一人は光り輝くスキンヘッドの男で痩せこけており、もう一人はブクブクに太った金髪碧眼の男。商会が匿っているのはハゲの方だ。


 俺はバルバリー商会の拠点に闇魔法を使い、忍び込んだ。


 子爵家の持つ商会だと言うのに、管理は杜撰で、倉庫の前には警備の人間が二人いるだけ。中は忍び込み放題だった。そこで見つけたのは、人身売買の裏帳簿とドルシネアを誘拐し技術を盗んだ上で、孕ませて愛人にする計画書があった。怒りで一瞬で炭に変えてしまった。許せん!


 子供の誘拐事件は、不老長寿の薬のレシピに関係していた。特殊な薬漬けにした子供の肝臓と、生き血。こんな恐ろしい計画書を倉庫に雑にしまうあたり、どうなんだと頭を捻ったものの、隠せば見つかりやすい書類も雑多に混ぜて仕舞えば隠せると思ったのか。雑魚だ。


「男の一人は、本館の地下に匿われているって話だったな………」


 書類は闇魔法で仕舞い込み、本館へと急ぐ。ここには見張の一人すらいない。どうなってんだ。危機管理が全くないのか、罠なのか。


 隠し扉を見つけ、早速地下に続く階段を降りていくと、ランプがあるのか意外と明るい。その光源を追って奥に入っていくと煌々と照らされた牢があった。眩しすぎないだろうか。拷問部屋か?


 そこにいたのは、げっそり痩せた男。光源は男の頭だった。異様に光っているんだが、どう言う仕組みだ?


 男は汚いベッドの上で横になっていたが、食事ももらっていないのだろうか、ギュルギュルと腹の虫がうるさいほど聞こえてくる。


「腹がいてぇ、腹が減った………食い物くれぇ。食い物…眠い。寝かせてくれよぅ………」


 意識も朦朧としているのか男が呟いている。仕事に失敗した罰だろうか。カマをかけてみよう。


「おい。ここに最高級のチョコレートがあるが」


 男は怯えたように起き上がり、落ち窪んだ目で俺をみた。認識齟齬がかかっている為、良くは見えておらず視線は宙を彷徨った。


「だ、誰だ?いや、誰でもいい。助けてくれ………呪われたんだ、呪われてんだよ。ガキなんか攫うんじゃなかった。あのガキが、あのガキが私をこんな風にしたんだ」


 光の差し込まない地下牢に入れられても尚、光り輝く頭は、過去世を彷彿とさせた。電球だ。


「なんでそんなに光ってるんだ?」

「言っただろう!?ガキを捕まえて毒を飲ませたら、次の日俺の頭が光り輝いた!あんなにふさふさにあった美しい私の金髪が、一夜にして禿げあがったんだよ!色々試したが全く駄目だった!なのに頭は日に日に煌々と明るくなっていくんだ。どうにかしてくれ!もう何日も寝てないんだ!あのガキ、一週間経ってもケロリとして生きてたんだ!あれは人間じゃない!私は騙されて光る頭と餓鬼の呪いを喰らったんだ!許してくれ、許してくれようぅ」


 ふさふさの金髪。餓鬼の呪い…。もしやこの男、二人目のふくよかな男と同一人物か。神はよく下界に降りてくる時は、浮浪者の格好だったり、子供の格好だったり、老人の格好だったりするという。それで粗末に扱うとバチが当たると神父が言っていた。そう言うのに手を出したのか。ガセだと思っていたが、もしかしたら本当なのかもしれないな。まぁ、呪術師に呪われた線の方が高いが。


「あのガキどもに毒を飲ませたんだ。いつも通り、子爵に言われるがまま、毒を飲ませたのに、死んでねぇんだよ。あの檻に入れてあった子供全員、生きてやがった。それから私の腹がおかしくなったんだ。吐き気が止まらないし、腹が減って、食えば食うほど痩せ衰えていって………バチが当たったんだ、許してくれ、許して………」


 ふむ。鑑定してみれば確かに呪いを受けているが…。聖魔法の呪い?懺悔で解ける呪いだが、えぐいな。


「ひとまず、その子爵というのは?」

「ギルバルに決まってんだろ…。俺のせいじゃねぇ。おかしな実験してんのはあいつだ」

「ほう。それを騎士団で証言してくれるのなら、呪いを解いてやってもいいが。どうする?」

「と、解けるのか?本当に?」

「もちろんだ。助けてやる。さあ、どうする?チャンスは今だけだ」

「い、言う!なんでも話すから、助けてくれ!」


 なんだ。こんなに簡単なら部下にやらせてもよかったな。俺は闇魔法を発動して、男を飲み込んだ。その中でも頭のテカリが漏れてる。恐るべし聖魔法の呪い。ひょっとしたら本当に神がいたのかも知れんが、これ、子供の誰かが使い手だったんじゃ。ん?………何か引っ掛かりを覚えるんだが…。


 俺はとっとと地下から脱出し、その足で騎士団に男を突き出した。もちろん匿名で人身売買と妙薬のレシピの書類もつけて。いきなり現れた光に『目がぁ!目がァ!』と騒いでいた騎士もいたが、合わせて神父に直して貰え。




 翌々日の新聞で、その男が全て吐き、ギルバル子爵が逮捕されたとあった。ギルバル子爵家は子供の人体実験を行い、不老不死の妙薬を試作していたことと、子爵家の中庭や地下から白骨死体がわんさかと出て、悪魔の所業として一族郎党毒を飲み、火炙りの刑となった。


 目には目を。毒には毒を。この国の断罪方法だ。わずか数人でも助かった子供たちがいた事は、重畳だった。


 頭の光り輝く男の呪いは解かれ、光らなくなったものの、不憫に思った神父からの食べ物を受け取り、餓死してしまった。食の呪いが解けていなかったからなのか、聖職者からの供物で余計に悪くなったからなのか。そして彼の死は神罰だと後付けされた。たくさんの子供たちを攫い、毒殺した実行犯だから、その責任を取るのは仕方があるまい。


 この件にラズが関わっているんじゃないかなんて、ふと頭によぎったが、気のせいと思う事にした。

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