第18話 王家会議、開幕! 偽証 vs. 暴露合戦③

 あちらこちらで視線が交錯し、声をひそめながら貴族たちが囁き合う。大ホールの空気が熱を帯びてきたのを、私は肌で感じ取っていた。王太子アルフレッドとコーデリアは、“公爵家と第二王子が共謀して自分を貶めた”という妙ちきりんな証拠を突きつけ、まるで勝ち誇ったかのようにふんぞり返っている。

 しかし、その証拠とやらが本当に通用するかどうかは、こちらの反撃にかかっている。壇上に座る国王フレデリックは、まだ腕組みをしたまま眠そうに杖をトントンするだけだが、いつ介入してくるかは分からない。


「アルフレッド殿下、コーデリア様。さっきから好き勝手言ってますけれど、もし本当に“裏の金の流れ”を示す証拠があるなら、こちらの書類とも照合していただきたいものね」


 そう言って、私の隣に控えていたノエルがスッと立ち上がる。白い封筒から取り出したのは、私たちが用意していた一連の書類。これはセバスティアンから提供されたものや、ノエル自身の情報網によって集めた公正なデータが詰まっている。


「これらの記録は、正式な商会や銀行、そして公爵家の財務管理担当が発行したものばかりです。もし殿下の言い分が正しいのであれば、ここに書かれた金銭の流れとも合致するはずですが、どうなっていますか?」


 ノエルの声は涼やかで落ち着いていて、いつもの“お嬢様ラブ”な雰囲気とは一味違う頼もしさを醸し出している。彼女が広げる書類を一瞥して、王太子とコーデリアはかすかに身を硬くした。


「な、なんだそれ……オレは知らないぞ。そんな紙切れでオレの真実が否定されるわけがない!」


 アルフレッドが強情に叫ぶが、モブ貴族たちの間には少しずつ“彼の主張に矛盾が多すぎないか”という空気が漂い始めている。さらにノエルは絶妙なタイミングで二枚目の紙を取り出した。


「では、こちらをご覧ください。先ほどコーデリア様がおっしゃった“リリエッタ様と第二王子殿下の不正な金の流れ”――そこに書かれている日付と金額を比較すると、おかしな点が山ほど見つかります。たとえば、この日の入金先が記録されているのは別の商会ですし、サインもまったく違っていますよね?」


「うっ……こ、これは公爵家が捏造したものよ! そっちこそ嘘の記録じゃないの! リリエッタ、あなたたちが裏で書き換えたんでしょ!」


 コーデリアは声を荒らげ、必死に言い逃れを試みるが、会場の反応は芳しくない。モブ貴族たちが怪訝な顔をしながら「あれ、どっちが本物なんだ?」とざわつき始めている。

 そこへセバスティアンが軽く席を立ち、書類を一瞥してから薄い笑みを浮かべた。


「それほど金の流れを証明したいなら、そちらで出している数字が本物かどうか、認定されている公証人にでも確認させてみたらどうだろう。今すぐに手配できるが、どうする?」


「そ、それは……時間がかかるし、今すぐやる必要なんて……!」


 コーデリアが言葉に詰まるのを見て、私の胸に小さな勝利感が湧き上がる。彼女と王太子が用意した証拠はやはり穴だらけらしい。貴族たちの目を逸らさずに、私は背筋を伸ばして一歩前へ出た。


「王太子殿下、コーデリア様。もし私が本当にあなたを陥れるために不正を行ったのなら、それこそ公爵家の財務管理も関わるはずです。でも、皆さんがよく知っているとおり、うちは財務に関しては極めて厳格。書類はすべて公的に管理されていて、適当に書き換えなんてできるはずがないんですけどね」


「う、うるさいわね! そうだとしても、あなたが裏の裏をかいてる可能性もあるじゃないの! 殿下を謀ったことは変えられない事実よ!」


 コーデリアが声を張り上げたものの、同時にあちこちの席で「これは無理筋だな……」という苦笑が漏れ出す。さすがに都合よく誤魔化すには限度があるというもの。アルフレッドも「なにを……!」と吠えるが、視線があちこち泳いでいて余裕がない様子だ。

 そこにようやく、国王フレデリックが目を開いて杖をコツコツと叩いた。


「……なんだ、また騒ぎか。王太子よ、おまえが言うには公爵家と第二王子が悪いのか? しかし、見たところ、そちらの証拠とやらが怪しいじゃろう。ん? おまえら、嘘をついているのか?」


「嘘じゃない! オレは罠にはめられたんだ! ……こ、コーデリア、もっと強力な資料を出してやれよ!」


 急に焦りだしたアルフレッドがコーデリアを振り返るが、彼女も「うぐ……」と口ごもり、必死に書類をガサガサと探りはじめる。だが、観衆の目はすでに冷ややかなものが混じっていて、モブ貴族たちが「これはどうにも辻褄が合わんぞ」とひそひそ話を交わしている。


「……どうやら本当の逆襲タイムが近いかしら」


 私は心の中でつぶやきながら、ノエルの隣に戻る。父や兄は今にも立ち上がりそうな雰囲気だが、ここで物理的に殴りかかるのは得策じゃない。あくまで書類と証言で一気に王太子たちの“でっち上げ”を証明するのが理想的だ。

 一方、セバスティアンは国王の問いかけを受けて、口を開く気はないのか、ただ手元の書類を扇ぐように動かしている。彼は出番を見計らっているのだろう。

 コーデリアが再び必死に声を張り上げるが、どうやら出てくるのは「もう少し時間をいただければ……」という言い訳が多い。貴族たちが困惑まじりに「王太子殿下、いったい何の確証もなくこんな場を設けたのか?」と囁き合う中、壇上の国王が眠たげに目を細めて唸る。


「アルフレッドよ、わしも眠い中ここに座ってるんじゃ……もし嘘ついてるなら、ただでは済まんぞ? せっかくの会議でまたゴタゴタするのは勘弁じゃからのう」


 その言葉に、王太子は「そ、そんな……」と唇を震わせる。コーデリアも「こ、ここから巻き返せるわ……」とつぶやくが、その自信に満ちた笑顔はもはや引きつってしか見えない。

 こうして、コーデリアと王太子が自慢げに出した“偽証”は、こちらの正当な書類群と照合される流れになりそうだ。周囲の貴族が「じゃああっちの資料を見せてもらおう」という気運になり、彼ら二人は満足に応じられないまま追い詰められていく。

 私は心の中で「よし、逆襲のチャンス!」と小さくガッツポーズを作りつつ、表面はあくまで冷静を装う。なにしろ次の段階で王太子がどんな言いがかりを放ってくるか分からないし、コーデリアだって、自爆する寸前まで足掻くのは明らかだからだ。

 会場の視線がアルフレッドとコーデリアに集中し、国王が重々しく問いかける。


「……で、改めて訊こう。おまえらが出したその証拠は本当に間違いないのか? リリエッタやセバスティアンを糾弾する根拠はどこにある?」


 絶体絶命とも言える瞬間で、王太子とコーデリアは青ざめながら互いに視線を交わす。読者視点では完全に“偽物ばればれ”だが、二人にはまだ何か切り札があるのか、それともただ口先で突っ張るだけなのか――次の展開へ向け、会場の緊張感が急上昇していた。

 こうして、王太子&コーデリアの嘘が露呈しはじめ、国王フレデリックの厳しい問い詰めが始まる。私もセバスティアンも、まだ奥の手を見せていないが、クライマックスに向けて戦いの火蓋は切られたも同然。さあ、どちらが最後に笑うのか――不気味な沈黙が会場を包んだまま、視線が乱舞する。次の瞬間、さらなる波乱が待っているのは疑う余地もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る