第17話 逆転を狙う王太子 vs. 公爵家の防衛戦②
夜気に包まれた公爵家の庭園。その奥まった一角で、私は月明かりを頼りに小さく息をついた。兄や父が激怒しそうなので内緒ではあるけれど、どうしても話を聞かなくちゃならない相手がいる。そう、第二王子セバスティアン――彼とこっそり打ち合わせをするために、ここの使用人が滅多に来ない庭の一隅を選んだのだ。
「こんなところに呼び出すなんて、どういう趣向だ? 公爵家の令嬢が夜に庭園にいるとなれば、お父上やお兄上は激怒するんじゃないか?」
そんな声が突然背後から飛び込んできて、私は思わず背筋を伸ばした。振り向くと、セバスティアンがまるで夜の闇と一体化したかのように、静かに立っている。月明かりを受けた銀髪が妖しく輝く様を見て、思わず胸がドキリとするのが自分でも腹立たしい。
「呼び出したというか……あなたが『他の人に知られない場所で』って言ったんでしょう。昼間に屋敷へ来られたら確実に兄さまが斬りかかるし、父さまも止まらないだろうし……」
「はは、斬りかかられるか。やっぱりおまえの家族は物騒だな。まあ、こうやって夜に忍んでくるほうが心躍るじゃないか。いかにも“隠密”といった感じで」
「なにが心躍るよ。私は冷や汗かいてるんだけど……。で、肝心の話は?」
つい不満げに呟いてしまうと、セバスティアンは目を細めて肩をすくめる。ふわりとした余裕たっぷりの笑みが、とにかく神経を逆撫でするのだが、私が今は怒っている場合ではない。
「コーデリアと王太子が“でっち上げ”を用意している。お前に罪を擦りつけるんだろうな」
「やっぱりそうなのね。最近やたらと『王太子が謎の動きをしている』って噂を聞いてたけど、コーデリアが加わってるならろくでもないわ」
「彼女はおまえを逆恨みしているし、兄上もおまえに対するコンプレックスを根に持っている。さらに父上の王家会議が近いだろう? そこを舞台に“おまえこそが捏造を行った”と喧伝するつもりらしい」
セバスティアンは一歩近づき、月光を浴びた顔がよく見える距離にやってくる。その視線がどこか優しげにも見えるのが不思議で、私は軽く目をそらした。
嫌になるほど彼は絵になる。だが、その美貌の裏には腹黒い策略が詰まっているのを知っているから、さっさと要件だけ聞きたいのに、妙に心が落ち着かない。
「それで。あなたとしては、どうしてそんな話をわざわざ私に教えるの? 前にも言ったけど、“手を組む”かどうかはまだ決めてないわよ」
「わかってるさ。まあ、僕としては“おまえに被害が及ぶなら、少し手を貸してやろう”と思ってるんだ。あの二人は少々暴走しすぎるからな。特に兄上は、いい加減懲りないとこの国が混乱する」
「……親切ってわけね」
「それほど単純じゃないよ。おまえがコケても困るときもあれば、兄上とコーデリアが暴れすぎて場を荒らしてもつまらない。だから僕としては、状況を適度にコントロールしたいだけだ」
セバスティアンが余裕めいた口調で言うのを聞きながら、私は心中で「ほらね」と呟く。結局、彼は自分の都合で私に協力を申し出ているに過ぎない。けれど、このまま王太子たちの陰謀に巻き込まれて何もできないよりは、セバスティアンの助力で対抗策を得るほうがまだマシかもしれない。
「私があなたに借りを作るってのは嫌だけど、王太子とコーデリアのコンビを相手にするのは正直ウンザリだから……。上手くあなたを利用できるなら考えてみる価値はあるわね」
「ふふ、利用という言葉に抵抗はないのか? お互いさまだし、win-winなら構わないと思うが」
「確かに。いまさら取り繕うつもりもないし……あいつらの暴走を止める方法があるなら教えてほしいわ」
私が屈託なく答えると、セバスティアンは微かに唇を吊り上げ、少しだけ真顔になった。その眼差しは、先ほどまでの軽口とは違う妙な優しさが混じっている。
「心配するな。おまえにこれ以上無礼をはたらく輩は、僕のほうで事前に潰しておいてやる。まあ、公爵家が恐ろしいのは知っているが、さすがに相手が王太子となると動きづらいだろう? 僕が止めてやろう」
「……へ、変に優しそうに言わないでよ。あなたの本心がどこにあるかなんて、私は信用してないんだから」
「はは、わかってる。無理に信じろなんて言わないさ。でも困ったら僕を呼べよ。“兄を失脚させる”という目的だけは合致してるんだろ?」
セバスティアンが一瞬だけ手を伸ばし、私の頬に触れようとしかけたように見えた。でも、その動作は一瞬で止まって、彼は手を下ろす。まるで「悪い、つい慣れでやってしまった」とでも言いたげだが、なにも言わずに視線をそらす。そのぎこちない様子に、私の胸が一瞬だけきゅっと掴まれた気がする。
何なの、いまの仕草……。また色気を振りまいて翻弄する気? 頭に血が上りそうになって私は一歩後退する。
「……まあいいわ。協力が必要なら呼べってことでしょ? わかったわ。王家会議が近いし、たぶんコーデリアたちの動きもより派手になると思うから、そのときの状況次第で……」
「助かる。じゃあ僕はそろそろ帰るよ。おまえの兄貴や父親に見つかったら、僕が殴り飛ばされるだろうし」
「そうね。夜にこんなことしてたら父さまや兄さまが激怒するどころじゃないわ。さっさと出てってちょうだい」
私が目をそらしつつそう言うと、セバスティアンはクスッと笑い声を立てる。少し遠くからノエルが「お嬢様、大丈夫ですか~?」とこっそり呼びかけているが、私は「大丈夫!」と即答して黙らせる。
セバスティアンは月明かりの下を悠然と歩き出し、振り返らないまま庭の茂みに溶け込んでいく。夜の闇が再び深まり、私は軽い息切れに似た鼓動を覚えながら、その背中を見送った。
「ふう……ちょっとだけドキッとしたわね、あの仕草……。いやいや、そんなの気にしてる場合じゃないか」
消えた気配を確認してから、私はゴニョゴニョと独りごちる。ノエルが心配そうに駆け寄ってきたが、私は軽く首を振って「問題ないわ」と笑みを返す。
夜の庭園はしんと静まり返ったまま。セバスティアンとの密会は短時間で終わったが、その内容は十分に衝撃的だった。王太子とコーデリアがでっち上げを用意している――それをセバスティアンが裏から潰すかもしれない。その協力を私も得るかもしれない。いずれにせよ、これからの展開が波乱含みなのは間違いない。
「お嬢様……セバスティアン殿下、優しくしてくれました? ちょっと何かイイ感じで会話してたようにも……」
「ち、違うわよ、ノエル。あの人はそんなつもりないだろうし、私もないし……変な邪推はやめて。それよりも、兄さまや父さまには絶対内緒よ? こんな秘密の会合がバレたら面倒になるんだから」
「はいはい、わかってます。でも、お嬢様もまんざらじゃなかった気がしますけどねえ……ふふふ」
「ノエル! もう……」
ノエルが笑みを浮かべてニヤニヤしているのを見て、私は思わず頬を膨らませる。確かに少しだけ“色気”を感じる仕草があったが、セバスティアンにそういう期待を抱くのは危険すぎる。私は気を取り直し、夜風を受けながら屋敷の方へ足を向ける。
「とにかく、今夜のことは二人だけの秘密。兄さまや父さまに見つかったら事態が余計にややこしくなる。……コーデリアと王太子の動きを止めるためにも、あの男の力が必要かもしれないし」
「はい! 私も口が裂けても言いません。……でも、お嬢様、気を付けてくださいね。セバスティアン殿下が本気でお嬢様を気にしている可能性もあるかもしれませんし」
「……絶対ないと思うけど。あの人が優しげに見えるのは全部計算でしょうし……まあ、万が一そんな気配があっても私には関係ないわ」
自分に言い聞かせるようにそう告げると、ノエルは楽しそうに笑うばかり。私は胸に渦巻く微妙な感情を言葉にできずに、ただ前を向いて歩く。
いずれ“王家会議”が正式に動き出す頃には、王太子とコーデリアが何かをしかけてくるだろう。そのときセバスティアンがどう動いて私を助けるのか、それとも私を利用するだけなのか――色々な想像が頭を巡るが、夜の闇が深まるなかでは結論は出ない。
「ノエル、今夜はもう休みましょう。私も疲れたわ。明日も多分、いろいろ調べることがあるし」
「はい。では、お嬢様のお部屋までお供しますね!」
ノエルが私の隣に並び、足並みを揃えてくれる。闇夜の庭を抜け、館の灯りが漏れる廊下へ戻る頃、私はそっと手紙の文面を思い出す。「もし協力が必要なら声をかけろ」――セバスティアンの言葉はどうにも胸の奥に引っかかって離れない。
もう逃げられない。コーデリアと王太子の暴走を前に、私はセバスティアンという最も危険なカードを手元に抱えることになるかもしれない。それがロマンスの香りにつながるかどうかは、正直分からないが……今はそんな余裕はない、と自分に言い聞かせる。
闇が深ければ深いほど、やるべきことは増えていく――そんな夜の空気を感じながら、私は何度目か分からない溜息を落とした。
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