第12話 ライバルの転落! コーデリアの行方②
翌日、朝食を済ませたばかりだというのに、ノエルの顔色がやけに冴えない。いつもなら私に顔を見るなり「お嬢様こそ至高!」と大騒ぎするはずなのに、今朝は廊下を慌ただしく駆けてきて、微妙に視線を泳がせている。私は訝しく思いつつ、「どうしたの?」と声をかけた。
「お嬢様、大変です……コーデリア様がご自宅を出たまま、失踪状態にあるらしいのです」
「え? コーデリアが、失踪……?」
思いも寄らない報告に、思わず椅子から立ち上がってしまう。わずかに揺れたティーカップの中の紅茶が、カップの縁をかすめて波紋をつくった。夜会や舞踏会で騒ぎを起こすコーデリアの姿は想像できても、“失踪”という単語にはそれなりの物騒さを感じる。
ノエルは手元に握っていたメモを広げながら、困惑まじりに続ける。
「はい。あの派手すぎる衣装で自爆して以降、屋敷に引きこもっているとの噂だったんですが、どうやら数日前から姿を見せていないんですって。使用人が必死に探しても見つからないそうで……」
「そんな……あれだけ目立つ子が、急にいなくなるなんて。ちょっと信じがたいけど」
私が眉を寄せると、ノエルは「まだ確定情報ではありませんが」と前置きしながら、広場や市場に彼女の姿は見当たらないと報告する。あんな派手好きな子が外を歩けば目立つし、誰かが目撃情報を出しそうなものなのに、それがゼロというのだから確かに不自然だ。
「でも、彼女そんなに追い詰められてたわけ? 舞踏会であれだけ派手に自爆はしたけど……失踪するほどのダメージだったのかしら」
「そうですよね……でも、殿下から見放されたとか、周囲から笑い者扱いされたとか、いろいろストレスは大きかったのかもしれません」
ノエルが神妙な面持ちでそう言うと、隣の部屋からやって来た兄レオンハルトが「何の話だ?」と素っ気なく首を突き出す。彼に事情を説明すると、案の定というか、あっさりと冷たい舌打ちを返してきた。
「どうせあの娘のことだ、くだらない復讐でも企んでいるんだろう。潜伏して再び無理筋な策を持ち出すつもりか、あるいは泣きながら山にでも篭ったのか……ま、知ったこっちゃないがな」
「山に篭るって……それはそれで大問題になりそうよ。山賊にでもさらわれたらもっと大変でしょう?」
「だが、それがコーデリアならあり得る話かもしれない。一人で逆恨みを燃やして、訳の分からん場所へ転がり込んでる可能性は高いさ」
兄の冷淡ぶりに、私は「うーん」と唸る。確かに、コーデリアの性格を考えれば何をしでかすか分からないし、家の敷地に隠れているという感じでもなさそうだ。彼女が新たな“逆襲”を企んでいるなら、今すぐに人知れず動いてもおかしくない。
とはいえ、以前ならあれこれ気をもんだかもしれないが、今は正直そこまで本気にする気になれない。舞踏会でのあの醜態を間近で見てしまうと、「まさかまた自爆するんじゃないの?」と考えてしまうのだ。
「ノエル、その情報はどれくらい確度が高いの? 彼女が単に表に出たがらないだけで、屋敷にいるって可能性もあるんじゃない?」
「噂が噂を呼んでいる状態なので断定はできませんが……使用人の友人がかなり焦った様子で話していたので、信ぴょう性は高いかもしれません」
ノエルが真剣な眼差しで言うと、兄が「だからこそくだらない」と鼻で笑う。
「ほうらな。あのバカ娘が本気で失踪する理由があるか? 普通に考えれば、ただのパフォーマンスか、あるいはもう一度派手な逆襲をするための時間稼ぎだろう。いずれにせよ面白いじゃないか」
「面白いかどうかはともかく……兄さまが言うように、ただの自爆なら特に脅威でもないけど……。もし彼女が本当に失踪して、何かに巻き込まれてたらどうするの? 一応、舞踏会で競った相手と呼べなくもないし、完全にほっとくのは気が咎めるような……」
「リリエッタ、おまえ正気か? あんな奴に情をかけるなんて時間の無駄だ。ほっとけばいいだろう。むしろ、二度と出てこなければ助かるじゃないか」
兄の極端な物言いに、私は思わず肩を落とす。確かにコーデリアは私を散々敵視してきた存在だし、王太子を巡って馬鹿な言動を繰り返す面倒なライバルでもある。だからといって「一切関わらないでいい」と切り捨てるのも多少の後味の悪さがある。少しは人道的に考えたいところだが、兄にはあまり期待できそうにない。
ノエルも困ったように私と兄を見比べ、「お嬢様はどんな対応をなさいますか?」と尋ねてくる。
「うーん、正直、そこまで本腰入れて探すつもりはないわね。あの子がどこかで潜伏してるかもしれないし、本当に実家を出ただけかもしれない。でも、完全に何もせずにいるのも不気味だし……情報収集くらいはしておきましょうか」
「そうですね。私も使用人たちのネットワークで、コーデリア様が本当に失踪したのか、その意図は何なのか調べてみます」
「くだらん……。まあ、いいけどな。どうせまたくだらない復讐でも企んでるんだろうさ。俺たちが振り回されるまでもない」
兄レオンハルトが斜に構えた様子で口を尖らせると、私は仕方なさそうに微笑む。前回の舞踏会での自爆劇を見る限り、彼女の企みは大したことにならない気もするが、油断はできない。
それに、コーデリアが“本気”を出せば、どこでどんなイタズラを仕掛けてくるか分からない。私への逆恨みがさらにヒートアップしている可能性を考えれば、情報収集はやっておくに越したことはないだろう。
「でも、失踪って言葉が物騒すぎるわ……。なんだかんだ言ってもコーデリアは世間的に有名な令嬢なんだし、そんな急にいなくなるとか尋常じゃないじゃない?」
「ですよね。もし何か事件に巻き込まれたなら、さすがに笑い事では……」
「だからこそ、あの娘がわざと“事件”を匂わせる形で動いてるのかもしれない。散々笑い者にされて、殿下からも放置されて、注目がほしいだけだろう。実際、こうしてお前も少しは気にしてるじゃないか」
兄にそう言われると、言い返す言葉も見当たらない。確かに私は気にしすぎかもしれないけど、なんだか胸騒ぎがするのは本当。私への嫉妬や王太子への執着が、コーデリアの残念な性格をさらに悪化させているなら、何か馬鹿げた事件を起こしそうな予感がしてならないのだ。
「ま、とにかくノエルの情報網に期待しましょう。私も公爵家として、彼女の動きが本当なら確認はしておくわ。レオンハルト兄さまも少しは協力してよ?」
「わかったわかった。まあ、おまえがそこまで言うなら確認くらいはしてやる。だが俺は興味がないから、基本的には放っておく。相手がバカをやらかすなら、それはそれで見物だし」
「見物って……もう、しょうがないわね」
軽く頭を抱えながらため息をつく私に、ノエルがクスクス笑いを漏らす。あまり深刻になっても仕方ないけれど、コーデリアが何かしら動いているなら、放置しておくのも気がかりだ。何より、私の周囲に被害が及ぶのは御免だし。
「では、お嬢様、私さっそく探りを入れてみますね。きっとあちらこちらで“コーデリア様が消えた”という話題が出てるはずです。使用人仲間なら多少の話は聞けるかと思いますし!」
「うん、お願いねノエル。とりあえず情報がはっきりするまでは、注意しながら普通に過ごしましょう。コーデリアが本当に逆襲に出るなら……それはそれで笑えるし」
「そこは笑えると言っていいのか……」と小声でツッコミを入れる兄。
確かに、もしコーデリアが再びおかしな行動を起こすなら、前回同様に自滅してしまう公算が高い。実際、彼女のあの派手好きで強引なやり方はどう考えても無理がある。それを考えると、私としては“あまり本気で相手にしなくてもいい”という甘い気持ちが半分、しかし“用心には越したことはない”という危機感が半分、入り交じったままだ。
「でもまあ、そこまで心配しなくても、もし本当に逆襲されるなら、こんどは手加減しないわよ。彼女もいい加減学習すればいいのに」
「学習できる脳みそがあれば苦労しないだろうがな。じゃあ、俺は出かける。父上がまた王太子を殴りに行くとか言い出さないか見張りながら、ついでにコーデリアの噂でも拾ってくるか」
兄が軽く手を挙げて廊下を去るのを見届け、私は再びノエルと顔を見合わせる。コーデリアがどこまで落ちぶれているのか興味はあるものの、やはり人が失踪するのは気分がいい話ではない。万一、本当に誰かに連れ去られたなら、コーデリアといえどもあまり放置できないだろう。
けれど、私の直感では「コーデリアが勝手に潜伏している」説が一番濃厚。これを機に、さらなる馬鹿げた策を練って復讐に燃え上がる可能性もある。
「お嬢様、どうされます? 続報が来るまで特に動かず待機なさるおつもりですか?」
「ええ、とりあえずそんなところね。彼女が姿を消した理由が明らかになるまで、変に騒ぐのも格好悪いし。私も暇じゃないもの」
再び椅子に腰を下ろし、私はすっと紅茶を啜る。昨日までの忙しさとは打って変わって静かな時間が流れ、ちょっとだけコーデリアの行方が気になる程度――そんな朝のひと幕だ。
もし彼女が今度こそ本気で仕掛けてくるなら、私はもう一度迎え撃つだけのこと。大きな嵐にならずに終わるか、それともまた自滅の爆音を轟かせるのか……想像すると、どこか可哀想と思ってしまう気持ちもあるけれど、同情するほど私は甘くない。
「さあ、ノエル、朝からお騒がせの報告ありがと。気を張っていきましょうか。何が起きても、今の私なら大丈夫よ。あの王太子よりコーデリアのほうがずっと些細な相手に思えてくるわ」
「はい、お嬢様、私もいつでもお力になりますのでご安心を!」
ノエルが明るく微笑み、私もわずかに唇を緩める。コーデリアが姿を消したのは事実か、それともただの一時的なすれ違いか――真相は分からないが、いずれ波紋は広がるだろう。それでも、私はきっと大丈夫。そう信じて、次の一杯の紅茶をゆっくり口に含んだ。
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