第10話 暴露開始! 王太子の醜態とライバル令嬢の自滅③

 確かな手応えを感じながら、私は壇上で静かに深呼吸をした。周囲を見渡せば、さっきまで「リリエッタが殿下を陥れているのでは?」と疑っていた貴族の面々が、いつの間にか私の味方に回っているかのような雰囲気になっている。何より、王太子アルフレッドが必死に否定するほど、私の証拠が揺るがないことが会場に伝わったのだろう。


「まさか本当に殿下があそこまで……」「いや、ずいぶん前から遊興や浪費の噂はあったけど、実際の金額を見たら想像以上だな……」

「リリエッタさまを悪い方だと思っていたが、これは完全に被害者だね」「こんな理不尽な婚約破棄なんて……」


 そんなひそひそ声が交錯するたびに、王太子の背がさらに丸まっていく。まるで生け贄の羊さながら、どうしていいか分からない表情だ。

 そこに追い打ちをかけるように、最前列のほうで待機していた父ヴォルフガングの威圧感がピリリと立ち上る。私の方針では“言葉による追及”で決着をつけることになっているが、父は「あいつをどうしても殴りたい」という衝動を押さえ切れないらしく、今にも王太子へ突っ込まんばかりの雰囲気を醸し出している。


「父さま、落ち着いて。殿下を殴るのは控えるって約束したでしょ……」

「わしが落ち着いていられるか。あの小僧のせいでおまえがどれだけ苦しんだと思ってる……まあ、ここで散々恥をかかせているなら、まだ見ていても悪くはないがな」


 父が唸るように言うと、横で控えている兄レオンハルトが「ま、そろそろ我慢してくださいよ。妹は自分でケリをつける気なんですから」と笑いを含んだ声をかける。まるで“もうちょっとだけ辛抱しろ”と引き留めているようだが、二人とも目は王太子に向きっぱなし。

 殿下はそんな視線に気づいているらしく、ますます青ざめて小さくなっていく。どれほど王太子といえども、狂犬公爵の怒りを買うのは恐ろしく嫌なことだろう。


「……リリエッタ……どうしてこんなことを……」

「殿下、まだおわかりにならないのですか? 私の目的は一貫しています。婚約破棄の不当性を証明し、公爵家や私自身への侮辱を撤回していただくこと。それだけです。殿下のように遊興三昧で浪費し、責任を転嫁する方が王になるなど、私は許せません」


 そうきっぱり告げると、会場に大きなどよめきが広がった。「公爵令嬢がそこまで言うなんて……!」「でも確かに殿下じゃ荷が重いかも」などの言葉が飛び交うなか、国王フレデリックが椅子に座ったまま杖をコツコツ鳴らす。目はどこか眠たげだが、口許にはうっすら楽しげな笑みを浮かべているのが見える。


「ほほう、これは罰が必要じゃな。……王太子よ、見事に取り繕えず、国を騒がせたということか」

「ち、父上……! ど、どうかお聞きください……。ぼ、僕は……僕のせいじゃない、いや……僕は、ああもう何を言ってるんだ……」


 殿下は支離滅裂な言葉を吐きつつ、セバスティアンをちらりと見やるが、当の弟は無言で肩をすくめるだけ。まったく助ける気はなさそうだ。むしろ「それは自業自得だよ、兄上」と言わんばかりの薄笑いを浮かべているように見える。

 そんな王太子の姿に、私も思わず胸がすく思い。長く続いた屈辱を少しずつ晴らしている実感があるが、ここで調子に乗りすぎると逆に父を焚き付けてしまいそうで怖い。早く終わらせたいところだが、場の空気がもう少し後押ししてくれそうだ。


「ええと、お嬢様、あちらが今にも限界みたいですけど……」

「ありがとう、ノエル。とりあえず殿下からは特に反論もなかったし、周囲にも十分見せられたわね。……さて、もう少し盛り上がりそうだけど、そろそろ場をまとめないと」


 周囲の貴族たちは「リリエッタさんって本当は被害者だったんだ」「王太子が一方的に愚かだったんだな」と一気にこちらへ同情や賞賛の声を寄せている。先ほどまで私を怪しんでいた人々ですら、「いや、これは公爵令嬢が正しいんじゃないか」と拍手を送っている状況だ。

 王太子は完全に孤立。ここでコーデリアがいたところで何もできず、同じく自爆して消えてしまった以上、もう殿下を擁護する者など残っていない。


「リリエッタさま、すばらしい……こんなに堂々と主張されるなんて……」「私も殿下の行動には疑問を抱いていました。これで真実が判明して助かります」


 そんな声がちらほら耳に入る中、父が再びズンズン前へ出ようとしたので、私は慌てて腕を掴んで制止する。どうやら「これだけ同情が集まったなら、殴りに行くチャンス」とでも思ったらしい。頼むからやめてよ、こんなところで兵士が飛び込んできて大乱闘になったら、私の計画が台無しだ。


「父さま、やめて。もう殿下に手を出す必要はないわ。十分追い詰められているのを見ればわかるでしょ?」

「ぐぬっ……そうか。まあ、あやつが覚悟をしたならいいが……まだ足りない気もするがのう」


 不満げに睨みつつも、一応言うことを聞いてくれるらしい。よかった、ここで大暴走されてはたまらない。兄レオンハルトも苦笑いで「父上、妹の見せ場ですよ」と宥めていて、何とか事なきを得る。

 そうして王太子を完全に釘づけにしたまま、私はゆっくりと視線を国王に移す。フレデリック国王はうとうとしているようにも見えるが、さっきから杖を小刻みに鳴らし、「まだ終わりじゃなかろう?」という風に目を細めている。


「……どうにも殿下には、国の要である公務をおろそかにしていたこと、私との婚約破棄を都合よく利用して責任転嫁したことなど、積み重なった問題が多いかと存じます。陛下におかれましては、何らかのご判断が必要ではありませんか?」


 私はそう問いかけるという形で、場を締めにかかった。すると、国王はよろけるように体を起こし、居眠りしていたような瞼をちらつかせながら、面倒くさそうな口調で応じる。


「……ふむ、罰が必要じゃな。わしも眠いから、これで騒動が収まらなければ困る。……アルフレッドよ、おまえはもう少し頭を冷やしてこい」


「は、はあ……父上、それは……。ど、どういう……」


「まあ、わしは考えるのも眠たいので、後でちゃんとした裁定を下そう。セバスティアンもおるし、いずれにせよ王太子は反省が要るじゃろうな。ふむ、あくびが……」


 国王が「ふぁ……」と大あくびを噛み殺し、杖をトンとついてひと息つく。その横でセバスティアンが含み笑いを浮かべ、「兄上、また大変なことになりましたね」と呟いている。王太子は完全に青ざめて唇を震わすばかり。もはや周囲には同情よりも失笑が広がっているのが手に取るようにわかる。


「リリエッタよ、おまえもよく頑張ったな。ふむ……わしはもう少し見届けるとするか。そろそろ酒が飲みたくなってきた」


 そんな言葉を残して国王が杖を転がすように歩き出すと、ホール内の雰囲気は一気にざわめきへと移り変わる。私が追及した王太子の醜態が公然と示されたことで、場の空気が完全にこちらへ傾いたのだ。あの“狂犬”とまで呼ばれる父や得体の知れない第二王子セバスティアンの存在感と相まって、王太子はまったく居場所を失ったかたちになっている。


「これで一応の区切りがついたかしら? まあ、まだ最終的な結論は出ていないけれど……」


 私は深いため息をつきながら、ノエルや兄と視線を交わす。彼らも同じく「とりあえず勝利ね」という表情をしていて、小さくうなずき合った。王太子が何を言っても、この会場ではもう信じてもらえない。全員が「アルフレッド殿下が悪かったんだ」と見なしているようだった。


「けれど、最後の仕上げをどうするか、そこはまだ油断できないわね……」


 心の中でそう呟きながら、私は王太子の暗い顔を横目で見やる。貴族たちが小さく拍手をしてくれたり、「リリエッタさま、素晴らしかったですわ」と声をかけてくれるのを感じつつも、頭の片隅には「このあとセバスティアンがどう動くか」という不安要素が残っている。

 国王が「これは罰が必要じゃな」と口にした以上、ただちに処罰が決まるわけでもなく、次回に何か判決めいたものが下されるに違いない。そのとき、王太子やコーデリア、そしてセバスティアンまでもがどんな策を講じるのか――私にはまだ見えない部分がある。


「ともかく今は、舞踏会の第一幕は私たちの大勝利で締めることができた。兄や父に手を出される前に終わらせられてよかったわ」


 小さく微笑み、父の腕をそっと引く。彼はまだ王太子を半眼で睨んでいるが、手を出すほどの興奮状態ではないらしく素直に引き下がってくれた。王太子はもはや完全に孤立した姿をさらしていて、やる気ない第二王子セバスティアンだけが遠くからニヤニヤと眺めている状態だ。

 舞踏会はまだ続く。だが、この“王太子公開処刑”の場面で空気が固まったことで、次なる展開へ移行するのは間違いない。私が仕掛けた暴露は成功、周囲の同情と称賛を得て、王太子が四面楚歌に陥ったのだから、ここで一度区切りをつけるのが賢明だ。


「さて、次は……この先の裁定や、セバスティアンの出方を待つところかしら」


 そう心中で呟き、私は兄と父に小さく頭を下げてから、その場を離れる。王太子がどんな顔をしているのか気にはなるけれど、あまり執拗に追い込むと、今度は私のイメージを損なう可能性もあるし。

 いずれセバスティアンや国王が“とどめ”を刺す形になるのかもしれない。あるいは父が我慢しきれなくなって殴り込みをかけるかもしれない。どちらにせよ、ここで私の役目は一旦終わり。周囲の貴族がクスクス笑いをこらえながら王太子を遠巻きに見る中、私は凛とした姿勢で次の動きを探りにいく。

 勝負はまだ完全に決まってはいないが、私の大逆転がこの舞踏会で現実のものとなりつつある――そう実感する夜だった。明日の朝、王太子はどんな顔をしているのかしらね。ちょっとだけ楽しみになってしまう。

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