第10話 暴露開始! 王太子の醜態とライバル令嬢の自滅①

 壇上の国王フレデリックが「では、始めるぞ」と杖を鳴らした瞬間、大ホールの空気がぴりりと張り詰めた。これまで気楽に踊りを楽しんでいた貴族たちも、楽団も、みんなが足を止め、これから何が起こるのかと息をのむ。視線が自然と集まるのは、中央に立つ王太子アルフレッド――そして、その前にゆっくりと歩み寄る私だった。


「殿下、皆さまの前で話をする機会をいただき、感謝いたします。先日の婚約破棄に関わる件について、少しだけ質問よろしいでしょうか?」


 私は優雅にドレスの裾を広げて一礼する。一方、殿下は落ち着きを失っているのか、もう既に額に汗を浮かべていた。後ろで見守るセバスティアンは相変わらず涼しい顔で「へえ、面白そうだ」と呟いている。さらに国王が“思いつき”で始めたらしいこの質問コーナーに、会場の貴族たちが固唾をのんで注目しているのが分かる。


「え、ええ、構わないが……わ、私には特に話すことは……その、まあ……」


「それでは遠慮なく始めさせていただきますね。まず、殿下が公務を放棄していたという件について、こちらにその記録があります」


 そう言いながら私は書類の束を取り出す。アルフレッドが目を丸くしているのが一目で分かる。きちんとした数字や日付が一覧になった書類を、壇の近くにいたモブ貴族に渡して確認してもらうと、小さなざわめきが起こった。


「こちらの調べでは、殿下は月の半分ほど公務を欠席し、代わりに遊興に興じていた様子が確認できます。具体的には町の酒場通いや、護衛も付けずに夜遊びをなさっていたとのことで……」


「そ、それは……誤解だ! ちょっと気分転換に出かけていただけで、決して公務を放り出していたわけじゃ……!」


 殿下が必死に言い訳を試みるが、モブたちのリアクションは冷ややかだ。「月の半分」と聞いてしまえば、誤解というにはあまりにも頻度が高すぎる。私が思わず唇の端を引き結び、少しだけ同情しそうになるのをこらえつつ、淡々と続ける。


「なるほど、気分転換が月の半分ですか。だいぶ長い休養が必要だったのですね。ちなみに『護衛が面倒くさいから置いていった』という証言も得ていますが、それはどう釈明なさるのでしょう?」


「そ、それは……ああ、やめろ、そんなメモを出すなっ……!」


 アルフレッドが露骨に動揺して手を伸ばしかけるが、もちろん届く前に私は書類をひらりとかわす。周囲の貴族たちがクスクス笑いを漏らすなか、セバスティアンがわざとらしく拍手を打った。


「へえ、それは実に面白い話だね、兄上。まったく、護衛を置かないとは大胆というか……無謀というか。国王の跡取りなら、そこは考慮して然るべきと思うんだけど」


「せ、セバスティアン、おまえっ……! なぜそんなことを……!」


 王太子が弟を睨むも、セバスティアンは軽く肩をすくめて無言の笑みを返すだけ。どうやら私は彼に一役買ってもらえているらしいが、当然その裏に腹黒い思惑があるのは周知の事実。もっとも、当人の焦りに比べれば私の計画はあくまで淡々と進めるだけだ。


「殿下、次にこちらの書類です。先ほどの遊興の記録に加え、浪費癖の実態を示す明細が残っていました。国費を何度も無断で使われていたという噂ですが、これは本当でしょうか?」


「う、うう……これは……ああ、誤解だ! 誤解なんだよ!」


「ですが、どこをどう見ても誤解とは言えない金額が並んでおりますわ。たとえば、こちらの舞踏会用にと称して馬車の飾りを買ったはずが、実際には馬車が存在しなかったとか……。さすがにおかしな点が多すぎないです?」


 私の追及に、殿下は再びしどろもどろ。貴族モブの人たちが「あれ、そういえばそんな話があったね」などとひそひそし始め、ザワザワが大きくなる。国王は後方から杖をついて眠そうに見ているが、特に口出しする気配はない。むしろ「続けろ続けろ」と言わんばかりにアゴで示しているようだ。


「そもそも私の婚約破棄の原因として、殿下は『私が悪い』と吹聴していましたけど……その理由について、一度も具体的な説明をいただいていないんですよね。ここにいらっしゃる皆さまも、ぜひ真相を聞きたいはずですけれど、いかがでしょう?」


 そう問いかけると、壇下から「そうだ!」という貴族たちの声が上がる。よく見れば、いつの間にかコーデリアは王太子の隣にいない。おそらくこの場を避けたのか、あるいは何か企んでいるのか……あまり良い予感はしないが、まずは王太子から確固たる言葉を引き出すのが先だ。


「ぐっ……くそ……! あ、あれは、おまえが勝手に……!」


「え、私が何を勝手に? ぜひ具体的にご説明くださるとうれしいのですが、さっきから否定か『誤解だ』しか聞いていませんね。それではこちらとしても納得しかねます」


 努めて冷静な口調で言うと、殿下は大きく舌打ちしてそっぽを向く。ここでまた逃げられては困るが、どうやら彼もこの舞踏会という公の場から簡単に退場する度胸はないらしい。さらにセバスティアンが横から「僕も聞きたいね、兄上の言い分を」と煽っているから、余計に逃げ場がないのだろう。


「ち、ちくしょう……なぜこんな、こんなことに……!」


 視線を泳がせる王太子の姿はまさに公開処刑の様相だ。私が持ち込んだ書類や証言が次々とさらされるたびに、会場の貴族たちは好奇心と驚愕で大きなざわめきを上げる。正直、私としても、ここまでスムーズに進むとは思っていなかった。

 そんな殿下の苦し紛れの弁解に対し、「面白いね」と軽く笑いを漏らすセバスティアン。その姿を見て、私は「やはり彼も少なからず仕掛けてるな」と確信する。だが今は彼の狙いを深く追及する時ではない。まずは、この場で王太子を追い詰めるのが最優先だ。


「では、殿下。そろそろ具体的にご説明をどうぞ。このままだと私たちが用意した“事実”がすべて正しいと見なされてしまいますわ」


「う、うぐ……! おまえなんかに、そんな偉そうに……!」


 殿下が歯を食いしばりながら声を上げかけたところで、セバスティアンが「兄上、言い返すならいましかないですよ」とニヤリと助言してくれる。しかし、王太子には何も思い浮かばないのか、口を開いたまま声が出ない。会場の人々がすべて息を呑む中、王太子の沈黙がズッシリとのしかかる。


「……ほら、何か仰ることはないのですか?」


 私が改めて尋ねると、殿下は小さく震える唇を引き結び、最後にはギリギリ声を振り絞った。


「す、すべて……貴様が捏造したんだ! 公爵家にだって怪しい点はあるはず……! 何が大人しそうな顔をして、悪意で俺を陥れるつもりだろ!」


 叫ぶように訴えた殿下に対し、私は大きく目を見開いて返す。まさか、このタイミングで反撃してくるとは。だが、書類は動かぬ事実に基づくものばかり。捏造と言われるほど荒唐無稽な数字は載せていない。

 その言葉が今後どう転がるか――会場のざわめきがさらに大きくなり、まさに“公開処刑”の舞台は盛り上がりを見せ始めている。国王はどこか眠たげな顔で椅子に寄りかかっているが、微妙に杖を叩いて「面白いぞ」と促しているようにも見える。

 私は心の中で「次が勝負だ」と、書類を握り直した。このまま王太子に逃げ道を与えず、最後の一手を突きつける。私が王太子への逆襲を成し遂げるための最初の段階として、ここで殿下の足元を崩すのが鍵となるはずだ。


「捏造と言うなら、ぜひこの場で証明を。私も人を陥れる趣味はありませんの。証拠がないならば、その言い分こそが根拠のない言葉になりますわよ?」


 王太子が「ぐぬぬ……」と苦悶の声を漏らす中、モブ貴族たちは興味津々に「これ、殿下もう終わりかもね」「いやいや、まだコーデリアって人が何か持ってくるかもしれない」というささやきを交わす。

 こうして、殿下の公開処刑が本格的に火蓋を切った。彼が必死に弁解しようとも、私の用意した証拠がそれを軒並み撃ち落としていく。会場の注目を一身に浴びながら、私は冷静に笑みを浮かべて――これが始まりに過ぎない、ということを噛みしめていた。

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