第6話 コーデリアの自爆作戦と王太子の愚行①

 王宮の広間でも奥まった一角、アルフレッド王太子がいつものように取り巻きらしき数人を引き連れてダラダラと過ごしている。そこへ華やかなドレスをひらめかせながら登場したのは、コーデリア・フローラン。勢いよく広間の扉を押し開け、そのまま真っすぐ王太子のもとへ進む姿はかなり目立つ。だが、彼女に周囲の目は気にならないらしい。


「殿下、先日お話しした作戦の件、さっそく動き始めようと思うんですのよ。リリエッタさんの悪事を公にして、公爵家を攻撃するのですわ!」


 コーデリアはドレスのすそを優雅に翻しながら、まるで自分がこの場の主役であるかのように胸を張る。取り巻きの者たちは一瞬「何の話?」という顔をするが、アルフレッド本人はどこ吹く風。椅子にもたれかかり、やる気のなさそうな瞳でコーデリアを見上げた。


「ふーん。勝手にどうぞ。お前がリリエッタをどうしようが、俺には関係ないからな」


 それだけ言ってまた視線を外す。その気怠い態度に、コーデリアは一瞬だけ表情を歪めたが、すぐさま取り繕うように甘い笑みを作る。まるで殿下の言葉を肯定したかのように声を上げた。


「まあ、殿下のお名前をちらつかせるだけで効果は絶大かと思いますわ。要はリリエッタさんを追い詰めて、公爵家の信用を削ぐのが目的ですから。殿下が“あんな女は婚約者にふさわしくなかった”とおっしゃれば、周囲も納得するに違いありませんわ!」


 取り巻きたちがこぞって「それは名案かも」「リリエッタさんって、最近なにかと目障りですしね」と囃し立てる。しかし、その中心にいるアルフレッドはやはり関心を示さない。むしろあくびを噛み殺すように口元を押さえている。


「なんか面倒くさいな。俺は勝手に婚約を解消しただけで、そこまで彼女を責めるつもりもないんだよなあ……。そもそもコーデリア、お前がやりたいなら勝手にやれば? 俺は疲れるのは嫌なんだよ」


「なによ、その態度。せっかく私が手を貸して差し上げようとしているのに。公爵家が危険だって散々言ってたのは殿下ご自身でしょう?」


 コーデリアはやや声を荒らげる。自分の計画に乗ってもらう前提で、張り切ってアピールしているつもりなのに、肝心の王太子がこんなに投げやりでは張り合いがない。取り巻きのモブたちが「そうですわ、殿下。もっと危機感を持ってください」と口々に合いの手を入れるが、アルフレッドはうんざり顔のまま肩をすくめる。


「うーん……公爵家が恐ろしいのは認めるけどな。だからってわざわざ敵対するのも面倒でさ。下手に怒らせるとあの公爵が出てきて大暴れしかねないし……もう考えただけで頭が痛い」


「そこをうまく解決するのが私たちの腕の見せどころじゃなくて? 殿下、ご自身の安全や名誉を護るためにも、リリエッタとその一族を潰すのが得策かと思いますわ!」


 妙に鼻息を荒くするコーデリアに、取り巻き数名が合わせて頷く。しかし、王太子当人は「やれやれ」といった様子で片手をひらひら振るだけ。いかにも関わりたくない空気を出しつつ、話をコーデリアに丸投げしている。


「じゃあお前らで頑張れば? 俺は口先でちょっと威嚇するくらいなら協力してやるけど、それ以上は本当に面倒くさいからな……。公爵家とのトラブルなんてうんざりなんだよ」


「あ、あなた……! そんな及び腰でいいんですか? 公爵家にやられたって話を散々しておきながら、今さら弱気になるなんて!」


 コーデリアは目を吊り上げて詰め寄るが、アルフレッドは彼女に対し真剣に取り合う様子がまるでない。むしろ取り巻きのひとりに「おい、なんか甘い菓子でもないの?」と話を振り、そちらに意識が向いている。


「………はあ。分かりましたわ。なら、私が主導してリリエッタから証拠を捏造して引きずり落とす算段を立てましょう。殿下はただ“同意”していただければよろしいのですから」


 コーデリアはわざとらしくため息をつきつつも、相変わらず堂々とした態度を崩さない。その一方、彼女の胸中では「どうしてこんなにやる気がないのかしら」と苛立ちが募る。王太子に取り入るのも楽じゃない、というのが彼女の本音だ。


「おお、頼むわ。じゃあ後はよろしくね。いやー、助かる助かる」

「なによ、その投げやりな言い方。……でもいいわ、私がこの手で成果を出せば、殿下も見直すに違いありませんもの」


 コーデリアが言い捨てるように宣言すると、取り巻きのモブたちが「頑張ってください!」と拍手を送る。しかし、アルフレッドだけは無関心を貫き、「なんかお腹減った」とぼやきながら席を立とうとしていた。


「殿下、よろしいんですか? また公爵家が行動を起こしてくるかもしれないんですよ? リリエッタに同情する貴族だって少なくはないとか……」

「まあ、そうなったらその時に考えるさ。お前らがどうにかしてくれるんだろ? コーデリアも“私が主導する”って言ったよな」


「………」


 コーデリアは言葉を失う。これほど楽観的というか、自己中心的というか、やる気のなさすぎる王太子も珍しい。自分の企みに乗ってくれるのはいいが、このままだと殿下がいざという時に逃げ出しかねない。そんな不安が頭をもたげる。


 だが、他に王太子へ近づく手段を失いたくないコーデリアは、ここで踏み止まった。もし公爵家とリリエッタを陥れれば、殿下との距離が一気に縮まるかもしれないし、周囲に「私こそが次に相応しい相手だ」と思わせるチャンスになるはず。


「いいわ、殿下のお墨付きをいただいたと捉えておきます。私が証拠を作り上げて、リリエッタがどれほど危険な女か世間に知らしめましょう! あと、殿下がもっと積極的に動いてくださると助かるのですけど」

「勝手にしろよ。あとで報告よろしく。俺は疲れたからもう部屋に引きこもる」


 アルフレッドは大あくびをしながらひらひらと手を振り、そのまま取り巻きの数名を連れて部屋を出ていく。コーデリアはその背中をじとっと睨みながら、吐き捨てるように呟いた。


「殿下ってば、こんな調子で本当に大丈夫なのかしら……まあ、私がなんとかするしかないわね。リリエッタ……覚悟しなさい!」


 彼女の気合いの入った宣言とは裏腹に、王太子との温度差は明確。つい先ほどまで話に参加していた取り巻きたちも、あっさりアルフレッドの後を追って姿を消した。

 広い広間に取り残されたコーデリアだけが、鼻息荒く、勝利への期待を抱いている。だが、二人の方向性は明らかにズレている上、そのずれ具合にまったく気づかないコーデリアの姿はどこか滑稽。今後の自爆を予感させる光景であることに、当の本人だけがまるで気づいていなかった。

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