夢中ノ檻

遠野葉夜

第一部 傷痕の夢 プロローグ

 赤。

 視界に映るものすべてが赤だった。

 轟、という音の中、視界が赤で埋め尽くされていく。かろうじて見える扉は、しかし、今まさに赤に閉ざされてしまった。

 

 ここから外に出る手立ては失われた。

 腕の中で苦し気な呼吸を繰り返すのみとなった幼馴染を抱えながら、必死で息をする。灰の混じった焦げた臭いに、強烈な熱気により肺が焼かれたような思いになる。

 

 バキバキと悲鳴を上げながら、家が崩落していく。

 この部屋の天井も、いまにも崩れてくることだろう。

 それでも、「彼女を守らなければ」という思いのみで、なんとか脱出できないものかと思考を巡らす。


 扉はやはり閉ざされている。嘗め回すようにして、炎が床を這って迫ってくる。部屋の中心にいたはずが、いまはもう窓際まで追い込まれた。

 窓から飛び降りることも考えたが、自分はまだ子ども。さらには幼馴染を抱えたままではそれもままならない。


 先ほどまで聞こえていた父や消防隊の声ももう聞こえない。

 すでに手立ては失われ、後は炎に捲かれるのみ。彼女の呼吸が消えようとしている。自分の意識も朦朧としてきた。

 そんな、かき消えそうな意識の中で。





 「こっちにおいで。」





 ふいに、聲が聴こえた。

 どこから聞こえたものか、はっきりと分からないが、その聲に意識が現実に引き戻される。辺りを見渡すが、やはり赤しか視えない。

 いや。確かに視えるものがそこにはあった。


 小さな頃から共に育ってきた、何度も訪れたことのある彼女の部屋。赤に染まったその中で、ひとつだけはっきりと存在を示す物が目に映る。

 そこには炎に捲かれた部屋と幼馴染を抱える自分、そして



 姿見と、そこに映る幼い少女。




 その少女を認識した瞬間、そこからこえが聴こえてくる。


真尋まひろ。こっちにおいで。」


 嗚呼。ひどく懐かしい聲だ。

 なぜいまになってこの声が、姿が認識できたのかは分からない。だが、この少女の聲に従えば助かると、漠然とした思考が浮かんでくる。

 なにより、このままここにいても待っているのは灰になる未来のみ。

 声に導かれるようにして、幼馴染を抱え姿見に向かっていく。


「私が連れて行ってあげる。ここを通れば助かるわ。」


 赤で埋め尽くされるこの部屋の中で、不気味なほどに白い少女がにこやかに、しかし怖気を感じる。そんな笑顔で導いている。

 熱に侵されているであろう姿見に躊躇するも、そこから白い少女の手が伸び。


 

 自分の身体をそれに引きずり込んだ。




 熱が自分の背中を焼くのを感じながら、彼と幼馴染はこの世界から意識を手放した―――――――――。










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