魔法少女はため息をつく?

「苗、先に救急車に乗っといてくれ。後ですぐに『飛行』で追いつくから」

「うむ、任せろ」


 クラウンと救急隊、そして瀕死のダムドを見送った後、ゴッズだけがその場に残った。


「気絶したフリはもういいだろ。さっさと出てこいよ」

「クク、流石に見逃しちゃくれねぇか」


 ゴッズが声をかけたのは、崩落した天井の瓦礫の山の一角。

 その一角から、銀色の腕が飛び出し、瓦礫を吹き飛ばしながら巨体が這い上がる。


「あわよくば、このままスルーして欲しかったんだがなぁ。ま、しゃーねーか」

「…………お前、そんなキャラクターだったか?」


 首の骨をゴキゴキとならした銀騎士が立ち上がる。


「気にすんな、フリじゃなくて本当に気絶しちまったんだよ、

「二重人格の真似事か? 生憎、厨二病キャラは間に合ってんだよ」

「クク……だからここで俺を倒すつもりか?」


 楽しそうに拳を構えた銀騎士を、ゴッズは冷めた目で見つめる。


「いいや、お前とは戦わない」

「あ? なんでだよ」

「学園はこの件から手を引いた。もうそろそろWhiteの『最優』が来て、ここら一体のいざこざをことにするだろう。いや、もう来ていても不思議じゃない時間だ」


 その最優がすでに殺されているという可能性に、当然ゴッズは思い至らない。

 最優の強さとその万能性を、ゴッズはよく知っている。


「あれは結構雑な女だ。こんな場所で戦闘してたら、丸ごと領域に包まれて『巻き戻し』に巻き込まれて死にかねない。だから…………」


 すっ、と。銀騎士に指を突きつける。


「お前の正体や所属はこの際どうでもいい。お前がここに来た目的だけ教えろ」

「かわいそうな、売られちまった女の子助けるのは、理由になんねーか?」

「茶化すな、殺すぞ」

「リアルに、第一目標はそれなんだがな……第二目標は『リスト』だ」

「なるほど、あの文書のコピーか」

「これで、見逃してくれるのか?」

「あぁ、次にあった時は殺す」

「そうかい」


 銀騎士は悠々と広い空に飛び立ち、あっという間に逃げていった。


「『リスト』が実在していたとはな。充分な収穫だ。この成果でなんとか、ダムドの命令違反分の罰を軽くできるか」


 ゴッズは既に信じている、確信している。

 友人が、死の淵から戻ってくることを。


「はぁ、本当に久しぶりの再会を台無しにしやがって……」


 忌々しそうに、ゴッズはため息をついた。


 □ □ □


「おはようございます」

「あ……貴方は?」


 とある廃ビルのなかで、男は全身黒装束の女に担がれていた。

 女の名は、アルドレアルフス。裏組織『闇市』のメンバーである。


「この度は、取り引きにおける重大な不手際により、多くの不自由、不利益を生み出してしまったことを謝罪させていただきます」

「あっ……はい」


 アンドレアルフスは深く頭を下げて、男に謝意を示す。

 男はとあるオークションに参加し、商品を高額で落札した。

 否、させられたにも関わらず、商品を受け取れず、殴り飛ばされ、挙げ句の果てに瓦礫に押しつぶされて死にかけた。


 その補償として、オークションの管理人である『闇市』が直々に出向き、謝意を伝える。


「まずは、コチラを」


 アンドレアルフスは恭しく、本来取り引きに使われる筈の小切手を手渡しする。

 男はそれを見た瞬間、それまでの記憶がフラッシュバックしたかのように、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 衝動的に小切手を破り捨てようとしたその手を、アンドレアルフスが掴んで止める。


「それでは、今回の補償についてですが。実は此方も出せる物はそう多くありません。不統合同盟や墓場の方にも賠償としての金が必要でして」

「それで、ま、まさかこの金を返せと言うつもりか?」

「いえいえとんでもございません。ただ、貴方に特別に買ってもらいたい商品がありまして」

「は、はぁ!? な、なに無茶苦茶言ってるんだよ! あ、あんたも俺を舐めて、馬鹿にしているのか!?」

「そのようなことは決してございません。今回、『闇市』の顧客の中でも、選びに選び抜かれた極一部の方にのみお渡ししている、特別な商品をご紹介させていただきます」

「! そ、それって……ほ、本当にあるのか! 闇市の『裏カタログ』が!?」


 思わず、男は目を乗り出す。


『裏カタログ』


 それは、闇市に関する噂であり、都市伝説。

 あらゆる欲望が煮詰められた、黒い一冊。


「本来ならお金で買える物では無いのですが、今回は特別に、その小切手と交換させていただきます」

「ほ、本当か!?」


 ゴクリ、と男の喉が鳴る。もし噂通りの一冊なら、そのチカラは世界をも動かす。


「か、買う! 買わせてくれ!」

「はい、毎度ありがとうございます。この場でのご注文も可能ですよ」


 男は小切手を渡し、重厚な革表紙の本を受け取った。


 その場でパラパラとめくる。


『好きな人を三人暗殺!』『幻のフルコース』『ステルス戦闘機』『海外旅行』『好きな人を二人人奴隷にする権利』『伝説の玩具詰め合わせ』『核ミサイル二発』『人類を終わらせる権利』『好きな政治家を十人当選させる権利』『孫の代まで裕福な生活を保証!』


 くだらない物からあり得ないものまで、多種多様な贅沢の極みがそこにはあった。

 男は急いで『魔法少女』の項目を探す。


『好きな魔法少女を暗殺!』『魔法少女の秘密をぶっちゃけた本』『マスコットの秘密をぶっちゃけた本』『魔法の裏技を完全解説』『伝説の超越魔法少女の五体フルセット』『魔法少女五体パーツフルセット十人前(細やかな解説付き)』


 その中で、男の目に止まったのはたった一つ。


『お好きな魔法少女誘拐します。(傷なし、オプション付き)』


 男は思わず、自分の最も好きな魔法少女の名前を口に出していた。


「これ…………Whiteの魔法少女『メジアン』でもお願いできますか?」

「はい。もちろん」


 闇市は全てを知っている。

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