香りの正解、当ててみろ

——都内某所。

動画クリエイター事務所「TORIBI STUDIO」の会議室には、

湯気の立つ紙コップのコーヒーと、

印刷された台本案、そして白く大きなホワイトボードがあった。


その中央に、太字で書かれていた文字は——


『香りで当てろ!松茸ガチ検証』


「いやでもこれさ、本当に違いわかんの?」


椅子にふんぞり返ったのは、登録者数120万人の“食感系YouTuber”・マナミンゴ。

彼女はポニーテールを振りながら、コーヒーのフタをトントンと指で弾く。


「本物の松茸って食べたことある?」


「いや、ないけどさ……視聴者もない人いるじゃん?」


対するのは、企画担当マネージャーの永峰。

30代半ば、元テレビディレクター。

最近はYouTube畑に転向し、クリエイターたちを束ねている。


「だからこそ、やる価値がある。

 “違いが分からないこと”そのものが、コンテンツになるんだよ」


「なるほど、逆張りもアリってことか」


別の椅子に座るのは、“料理実況系男子”のあっくん食堂。登録者数85万人。

彼の目の前には、すでに仮サムネイル案が広げられていた。


【本物はどれだ!?】

【香りだけで松茸を当てろ!】

【全部食べたら、意外なヤツが最強だった!】


「ところで……ホントに揃ったの?」


マナミンゴが疑いの目を向ける。永峰はにやりと笑った。


「揃った。“人工培養松茸”と“松茸風しめじ”は正規ルートの先行予約で。

 “天然松茸”は長野の業者とコネがある。

 “普通のしめじ”は、まあコンビニだな」


「……これ、ガチで一番豪華なキノコ動画じゃない?」


「間違いない。秋のYouTube界、香りでバズらせるぞ」


ホワイトボードに、4種のキノコの名が並ぶ。


A:天然松茸

B:人工培養松茸

C:松茸風しめじ

D:普通のぶなしめじ


「で、フォーマットは?」


あっくんが聞いた。


「目隠しで香りを嗅がせて、当てさせる。それから食べてもらって、もう一回判定。

 “嗅覚”と“味覚”で“正解率”を競わせるんだよ。

 優勝者には……“天然松茸ご飯”1合プレゼント、とかどう?」


「いやそれ、普通に欲しい」


「敗者には?」


「うーん……“キノコミックスジュース”とか?」


「最低だなそれ。でもウケるな」


三人は声をあげて笑った。

だが、笑いながらもどこか内心に引っかかっていた。


「ところで……“香り”って、本当にそんなに差あるのか?」


マナミンゴがぽつりとつぶやいた。


「テレビじゃ“人工松茸も、しめじも松茸の香りだ”って言ってたじゃん?

 だったら、天然だろうが人工だろうが、しめじだろうが

 ——“香りが強い方が勝ち”みたいにならない?」


沈黙が落ちる。


「……つまり、香りの“再現度”が正義になる可能性もあるってことか」


永峰はメモ帳に線を引いた。


「それを確かめる。俺たちが。

 テレビが騒いでも、評論家が言っても、まだ“誰も全部食べて比べてない”。

 なら——やるしかないだろ、素人代表としてさ」


その言葉に、全員が頷いた。


「当てるのは、正解か、記憶か、それとも……思い込みか」


ホワイトボードの下部に、誰ともなく書き加えられた一文があった。


『“嗅覚の正解”は、誰が決める?』

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