第12話 十二番目の神様
ルルンの弟神の御名は、ジュール様。
娯楽の神様で、人間が楽しいって思う事々を守護している。
そしてこの世界も守ってる。
愛人作って嫌がらせしてくる父親、十一人の姉や兄、立派なお母様である主神さまが家族だ。
この世界は神々の息抜き、まぁ楽しんでほしいなって家族の為につくった箱庭だ。
きっとジュール様は優しい人だ。
生きるってのは苦しいことも多いから。
娯楽を考えて分け与えている。
夢や希望、生きる活力の為の栄養だね。
でも、その一方で、娯楽には人間を堕落させる力もあったりする。
娯楽は快楽のひとつだし、欲望を呼び起こすものだ。
だから人間が作った聖典では、大人の男に描かれている。
酒や賭け事など、様々な誘惑の姿だ。
でもルルン様のリクエストは、少年のお姿だ。
これはきっと、家族思いの優しくて楽しい人を描いてほしいのだ。
そう、娯楽の神様なんだから、自分も楽しいよって雰囲気がいいんだろう。
あながち、アクション決めポーズは間違いじゃないってことだ。
聖典にあるお姿は、青い髪で空色の瞳で描かれている。
僕の記憶、私の前世で見た、アニメの少年ヒーローみたいな感じにしてみる。
すらっとした手足、少年だから筋肉分厚い感じじゃない。
馬は、この世界の馬は馬だったよ。
それをほら、巨大な軍馬っていうかおっかない感じでぐわっとしてみる。
それが前足を振り立てて後ろ足で立ち上がっている。
ジュール様は勇ましく行く先を指し示して、そしてこれだけは別。
笑顔の少年だ。
さぁこれから遊びに行くぞって。
皆、楽しい冒険に出発だって感じ。
間違っても戦争しに行くぜ、イェイって感じではない。
馬の形を作って、今回は台座に金属の柱を建てての立体感重視にしてみた。
それぞれのパーツを作って、組み立てる感じ。
着色は最低限だよ。
白い土台に、瞳と髪色だけ少し色を入れてる。
もし着色したいなら、その時は、本職の人に入れてもらうと良いと思う。
コレを原型にしてもいいしね。
いちおう分解もできる感じで作った。
ジュール様のお衣装は、神様っぽくしてあるけど、剣のかわりに竪琴と笛を装備してあるんだ。
娯楽はルルン様の芸術につうじてるからね。
そして主神様のシンボルである鳥のお姿をお衣装の背中に掘ってあるよ。
「へへっ、よくできたかな。自慢しちゃったり?」
僕が出来上がりを確かめていると、背後でジットリ見ていたベッセンが拍手。
そしてアリスが不気味そうに、そんな彼を見つつ、お茶の支度をしている。
気持ち悪いですね、敵ですよね、始末してもいいですか?
と、散々、アリスに言われたけど、彼も家族を人質に働かされてる悲しい宮仕えなんだよ。
今度は僕のというか、叔父さんの所で飼われて諜報活動に参加するからよろしくねって宥めた。
私はお坊ちゃまの犬でございますと、毎度、靴を舐めたがるのが気持ち悪いんですが。と、アリスの評判は地をはっている。
そこは玄人、ベッセンは蔑まれるのもご褒美だ。
って、教えたらアリスに始末されそうなので内緒にしている。
***
納品である。
馬車に揺られて、僕と叔父さん、今回は御者の隣にベッセンが乗っている。
黒騎士さん達もいつも通りだ。
この納品が終わったら、叔父さんと一緒に、レーヴェンへと向かう。
クレイグは王都の北側山脈に続く土地にある。
鉱山と森林などでとれる薬草からできる薬類が財源だね。
鉱物資源は、こんかいのお家騒動を切っ掛けに、販路の厳密な精査が行われるんだ。
何処の誰に流れるかで、クレイグへの敵の攻撃の内容がわかるだろうってさ。
レーヴェンは、そんなクレイグより更に北にあるんだ。
北の海も含む寒い土地だ。
耕作にむかない狩猟と林業、そして良質の粘土が出る火山も含む北国だよ。
クレイグとレーヴェンが組めば、海運業も手に入れて財力がマシマシ。
僕の土地も農耕に向いている北西部の領地だから、叔父さんの軍備拡充に役立てるって事。
つまり王派閥には大打撃だ。
もしかすると、今回の運命改変スキル持ちは、王派閥の誰かなのかもしれない。
ベッセンの家族が秘密裏に、こちらの手に渡ったのも、神罰による運命逆転がおきたからなんじゃないかな。
まぁ僕の周りの人が元気なら良いんだけどね。
「そうだ。
叔父さんも、神像いる?」
僕の問いに、無言で目を閉じていた叔父さんが答えた。
「二人の時は」
「ヴェラドは、神像ほしい?造るよ」
「いらんな」
「そっか」
そりゃそうだ。
加護も寵愛も深いだろうけど、それを余りあるマイナス要素で打ち消されているんだ。
常時、神と繋がってるんだもの、繋がりたいんじゃなくて、一人にしてくれだよね。
これ以上はごめんだろう。
「じゃぁ母上とかお祖母様とか、叔母様」
「お願いしよう。材料は最高級のものを用意する。
我が屋敷には肖像画も、そうだ、専任の画家がいるので素描を見せてもらいなさい。
あとは、母上が帰宅後に、実際のお姿を」
やべぇスイッチを押してしまった。
でも、叔父さんが嬉しそうでなによりである。
叔父さんの激重プレゼンを聞いていると、シルバニア公の別邸に到着。
見た限り、いつもどおりお馬さんが走り回っている。
きっと殿下、馬好きだよね。
今回のコンセプトも乗馬だし、気に入ってくれるといーなー。
駄目だったら、持って帰るだけだけど。
で、反応。
持って帰るどころか、殿下、跪いて泣き出した。
「叔父さん、どうしよう。帰る?」
「大丈夫だ。信徒はこんな物だ」
「でも、聖典とは違うお姿で、はっきり言えば、ジュール様ってわからないと思うんだけど」
暫くして、殿下復活。
応接間に置かれた神像を未だに眺めながら、殿下は涙を拭っている。
「素晴らしい.. .. ..だった。
これ程とは。
こんな風に君には十二番目の御柱様が見えるのかね?」
見える訳じゃないけど。
「多分、お優しくて楽しい御方かなぁと。
家族思いで楽しい事がお好きな、若いお姿だと思いました。
それから動物、馬にのって遊びに行こうって、皆を誘ってくれるかなって」
髭のオジサンが、また、泣き出した。
正直、怖い。
「おい、ドラクレシュティ。どうやったらお前のような奴の親族から、こんな可愛らしい生き物が生まれるんだ?
おい、俺の所で養..止めろ、マジで殺しに来るな。
お前、首を狙うんじゃねぇよ。一応、お前に融通きかせてるの俺なっ!」
チィィって舌打ちをする叔父さん。
間一髪で、喉を狙った筆記具の先をかわす殿下。
文机にあった筆記用具のペン先で喉笛を狙った叔父さんは、舌打ちの後にソレを入口の護衛が佇む扉に突き刺した。
殿下の護衛と黒騎士さん達は、特に騒がずに曲がってしまった筆記具を回収している。
「大丈夫だ、フェン。
此奴は、医術神の加護持ちでもある。血統継承者は、私と同じく灰になるまで焼くか、滅多打ちにして肉片にしないと死なない。
此奴はそれに、毒も効かぬというバケモノよ。」
「お前に言われたくねぇんだよ。生きたまま焼かれたら痛みで死ぬわ。
どこまで切り刻めば死ぬか実験だ!とか言って、追いかけ回された俺の心の傷を考えろよ、おい。」
「叔父さん」
「子供の頃の話だ。
それに冗談だ。本気だったら、此奴はここにいない。」
此奴って言ったよな、相変わらず不敬千万な奴よ。
と、シルバニア大公殿下が涙ではなく冷や汗を拭っている。
それでも友達なんだよね?
「姉上に絡んでくるのでな、妹にも同じく絡まれてはならん。釘をさしただけだ」
「本物の釘だ。比喩じゃないんだよ。君の叔父さん、どうにかしてくれないかなぁ」
「護衛の人、叔父さんが無礼を働いたら止めてください」
「無理です」
返事が速い。
「叔父さん?」
「大丈夫だ。体裁は整えてるし、いざとなれば、全部、焼却する」
こんな所でパッシブスキル全開にしてガンギマった目をかっぴらかないでよ。
それでも、まぁ愛だよね。
と、整ったお顔の、ちょっと狂った人を見上げて思った。
とっても素敵な家族愛だ。
僕には無いものだし、たぶん、素敵な事だ。
僕は何だか、今更ながら、狂ってる叔父さんに親近感を覚えた。
狂ってても、自分が大切にしたいことを忘れていない叔父さんがね。
家族を大切にするっていいよね。
僕は、そんな父親には会ったこと無い。
無条件で受け入れてくれる、ダニエルの家族はいなかった。
まぁ叔父さんは、まだ若いから、お兄さんぐらいだけどね。
「冗談だと思いますが、大公殿下。
納品した神像が焼失するような事態の時は、僕の方へお知らせください。
お祖母様と叔母様にお手紙を書きますので。たぶん、止めてくださると思います」
「直通の水晶通信を飛ばすよ。
レーヴェンの土地の通信網の構築に、私の財産を使おう。
保険はいくらあっても足りない。
君の気遣いに感謝するよ。
国一番の強者の手綱を握る立場ってね、胃と毛根にダメージが入るんだよ。
わかってくれる?」
それにチィィっと舌打ちをして、殿下を威嚇する叔父さん。
僕にありがとうと微笑む殿下。
すくなくとも神像は気に入られたようで、僕はホッとするのだった。
***
ちょこちょこと甥御の姿が護衛と共に退出していく。
雛のような甥が心配だ。
なにしろちょっと剣で小突かれたら死にかけた。
自分と違いすぎるので、あれは姉や妹と同じ生き物の括りにしている。
たぶん、庭先の小石に躓いても額を割って死ぬのが落ちだ。
姉上そっくりである。
実に、心配だ。
彼女も、よそ見をしては転んでいた。
あの男と結婚したお陰で死んでしまったのが証明だ。
自分の目の届く範囲、自分が認めた相手のみに許しを与えないといけない。
などと、真剣にヴェラドは考えていた。
そんな彼は、幼い頃、個を保てない存在だった。
ただただ、ひとつの欲望だけを追っている獣。
両親が殺されて後、彼は野に放たれた野獣そのものであった。
そんなヴェラドが人間になったのは、十を数える頃だ。
特殊血統継承スキルによる複数神の加護とは、呪いと同義である。
血統継承が行き過ぎて、継承者が壊れるのだ。
本来なら、長く生きられないものである。
というのに愚かな人間は、加護を欲しがり血を淀ませる。
するとヴェラドのような悪魔が生まれるのだ。
悪魔、ケダモノの本能だけの生き物だ。
これは竜の血を浴びた者の祝福が始まりという。
だが、そんな昔話の真偽はどうでも良い話。
ヴェラドはそれでも強い魂を保ち、壊れる事を拒み、バケモノとして命を永らえた。
父母を認める事もできたし、その手で育つ事もできた。
ただし、彼の側に他の者は近寄ることさえできなかった。
失敗作とするには、加護が強すぎ。
彼を殺すは神の怒りに触れることでもある。
産まれた時より、神の声を聞いていた故に、己が異常なバケモノである事を理解していた。
お陰で親を食い殺す事だけは免れた。
甥のフェンは未だに燻る、その狂気と情動の矛先をずらしてくる。
それはもういいタイミングで、ほいっと激情を受け流す。
死んだロザリンドと同じく、この子はアホよねぇ〜と、軽くいなす。
真実、狂気と情動に支配された恐ろしい生き物だと言うのに、そのバケモノの口の前で、子猫が前足でトントンと叩くのだ。
ほら、お前、大丈夫なの?
お前、私に、ご飯持ってくるんだよ。
おなかすいちゃったじゃないの。
ほら、お世話してよ。
で、大口を開いて子猫を食べようとしていたバケモノは、ちょっと躊躇うのだ。
こんな面白い奴を食べちゃったら、また、一人になっちゃうじゃないか?
獲物以外も近寄ってこれないんだぞ。
こいつらだけは、側にいてくれる。
なら、他のを食べながら、コイツは食べないほうが、いい?
大切にしたら、側にいてくれるかな。
裏切ったら、食べればいいんだしね。
両親が殺され、世話をする者もおらず死にかけた後。
ヴェラドはレーヴェンに引き取られた。
魔素という毒と魔獣だらけの土地であるレーヴェンの人間には、歪んだ加護による汚濁にも耐性があったからだ。
元々、ヴェラドの血が濁ったのも、同じく土地を守るお役目の為である。
故にレーヴェンの者達は、彼を受け入れた。
明日は我が身だ。
だから姉となった人を、その家族を喰いたいと思った時。
誓った。
ヴェラドは家族となってくれた者の血に誓ったのだ。
彼らを殺すを強いられるなら、神だとて殺す。
家族となった者達を殺せと強いる神は、殺す。
家族を食らう託宣を寄越すなら、神を巻き添えにして己が命を断つと。
十二の神を平らげて、神の母をも殺すと誓った。
加護により愛する者を食い殺す、そんな狂気には負けぬ。
この時より、彼は人になった。
その意志を喜び、愛を誓った加護持ちに、主神は呪とも言える寵愛を与えた。
愛により神を殺すという者を、その神は祝福したのだ。
この世界を司る神の親は、純粋であること、一途であること、裏切らぬ事を尊んだ。
母神は、忠実なる者を愛するのだ。
故に逆を言えば、彼が愛する血を食らう時、ヴェラドも終わるのだ。
そうして元々厄介な加護が、寵愛によって壊れかけた意識を戻したのだ。
複数の加護による耐えきれぬ濁りをひとつに纏め、抑え込んだ。
主神は、愛を、狂う男を好んだ。
狂っているがゆえに純粋な愛であると認めた。
神が常に正しいわけではない。
神は人ではないからだ。
故に加護も寵愛も、悪魔の心の何をも変える事はない。
彼は彼の血を捧げた相手がいれば、幸せであり、既に楽園に住まう者であった。
ただし、母神はこうも考えた。
ヴェラドは人になる事を選んだが、それと同時に愛を諦めたのだと。
寵愛を与えた人の子は、真っ当な愛を諦めた。
常に尽くし捧げる愛のみに生きる狂った男。
母神は考えた、裏切らぬ子には報いねばならぬと。
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